戦争じゃないよ、経済だよ

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2020年01月09日

  • 児玉 卓

今更言うまでもないが、2020年は米国大統領選挙が行われる年だ。再選を狙うトランプ氏は選挙民の歓心を買うことに全力を尽くそうとする。そしてその挙動が米国経済、ひいては世界経済を動かす。実際、これまでもそうだった。好況下の拡張財政によって2018年の米国は世界経済のけん引力を強めた。2019年にはかねての自国中心主義のコストが世界的な貿易の失速と製造業の景況感の悪化として顕在化した。同年末には中国との対立のエスカレーションを避ける決断が下されたが、これも選挙にらみのことであろう。中国にこわもてを見せつけることは総じて受けがいい。しかし、米国民の懐を痛めてしまってはまずい。そのバランスを見ながら政策が決定されるということだ。

さて、2020年の年明けにまず飛び込んできたのが、米軍によるイラン革命防衛隊ソレイマニ氏の殺害のニュースであった。これをトランプ氏の軽挙妄動と評する向きも少なくないようだが、ソレイマニ氏も相当の「暴れん坊」だったらしく、米国の大統領がトランプ氏でなかったら今回の件は起こり得なかったと断言することも難しい。ただし、対中関係になぞらえてというわけでもないが、トランプ氏には対イラン関係の悪化をほどほどのところで留める強い誘因がある。イランに甘い顔ばかりを見せていれば政治的にもたない。といって、米国の若者を多く送り出すような大々的な戦闘に発展することは、選挙イヤーとしては最悪の展開である。そこは政治的求心力に陰りが見える中でクリミア併合を強行し、プーチン人気を復活させたロシアとは違うところだろう。当時のロシアには「大国ソビエト・ノスタルジー」的な空気が濃厚に流れていたのだ。「9.11」のような、国民に広く危機感が共有されるような事態が起きれば別かもしれないが、現在の米国で戦闘や戦争が内包する政治的リスクは極めて大きいように思える。

結局、選挙イヤーなればこその"It's the economy, stupid"ということなのだが、そうなると怖いのは、景気優先で地政学的リスクを回避する戦略が取られているにもかかわらず米国経済が目に見えて悪化したとき、トランプ氏が何をやってくるのかだ。そのとき回り回って、経済悪化のインパクトを薄めるため、最後の手段としてイランへのこわもてを激化させるのだろうか。あるいは経済悪化には当たり前に経済政策を発動するのだろうか。といって、何をするのだろうか。積み残しのインフラ投資だろうか。しかし完全雇用近傍にある米国に、その投資を担う労働者はいかほど残されているのだろうか。あるいはそれが賃金インフレを惹起することはないだろうか。そして一転、FRBが否応なしの引き締めを迫られる可能性はないだろうか。それは世界的な金利の上昇を引き起こしはしないだろうか。世界の債務問題が再び火を噴くことはないだろうか。ともあれ米国の選挙イヤーの幕開けである。

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