スチュワードシップ・コードへのESG要素の組み入れ

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2019年11月14日

  • 吉井 一洋

パリ協定、国連のSDGs採択、そしてGPIFのPRI(責任投資原則)署名などを経て、わが国でも、昨今、機関投資家のESGへの関心が急速に高まっている。先月(2019年10月)2日に、機関投資家の行動規範ともいうべき日本版スチュワードシップ・コードの見直しの検討がスタートした。見直しの方向性の一つとして、運用機関が投資先企業とのエンゲージメント(対話)で「ESG要素等を含むサステナビリティーを巡る課題に関する対話を行う場合には、投資戦略と整合的で、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に結び付くものとなるよう意識すること」が示されている。

折しも、英国のスチュワードシップ・コードの改訂版が、10月24日に公表された。同コードでは、署名機関は、コードの原則をapply and explain(適用し、かつ、説明)しなければならないこととされている。さらに、同コードでは、署名機関はESG要素を考慮すべき旨が明記されており、かつ、その署名機関も運用機関に限っていない。同コードの原則はアセット・オーナーとアセットマネージャーのための原則と、サービスプロバイダー(議決権行使助言会社・運用コンサルタント・データ提供者等)のための原則とに分かれている。前者では原則1で、署名機関の目的、投資哲学、戦略及び文化によって「経済、環境、社会への持続可能な利益をもたらすような」顧客(クライアント)と最終受益者に対する長期的価値を生むスチュワードシップを可能とすることを求めている。原則4でシステミック・リスクに対応すべき旨を述べ、補足的な解説で同リスクに気候変動を含む旨を述べている。さらに、原則7で、スチュワードシップと投資を、「重要な環境、社会、ガバナンスの課題、そして気候変動も含めて」体系的に統合することを求めている。サービスプロバイダーに関してもESGを考慮すべき旨が原則5等で盛り込まれている。

同コードは、上場株式のみならず、債券や不動産、インフラへの資産投資も対象に入れている。また、英国会社法では、取締役に従業員の利益、サプライヤーや顧客の地域社会・環境への影響等、株主以外のステークホルダーへの考慮を求めており、英国のFRC(財務報告評議会)は、2018年にこれらを強化するコーポレートガバナンス・コードの見直しも実施している。英国の改訂後のスチュワードシップ・コードでも、原則の適用にあたって、会社法で考慮すべきとされている上記項目を考慮すべき旨が述べられている。

もっとも、英国のFRCは株主を最重要のステークホルダーとする考え方を捨てたわけではない。スチュワードシップ・コードの改訂案にコメントを寄せた機関投資家等の過半は第一の目的はクライアントへの利益の配分であるとコメントしている。受託者責任との関係を懸念する意見も多く寄せられた模様である。

にもかかわらず、ESG要素の考慮が明記されているのは、これらが、投資判断において普通に考慮すべき要因となりつつあることを示しているものと推察される。わが国が現段階で同様の状況にあるか明言はできない。しかし、政府の取り組みも含めここ数年の急激な変化を見ると、今回の改訂後の日本版スチュワードシップ・コードにESG要素への考慮が盛り込まれることは十分に予想されよう。

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