『天気の子』に見る異常気象と国土強靱化

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2019年10月15日

  • 中里 幸聖

大ヒット映画『君の名は。』の新海誠監督の3年ぶりの新作『天気の子』が、再び大ヒットしている。10月6日現在、興行収入135.1億円で歴代13位、邦画では歴代7位となっている(いずれも興行通信社ウェブサイト「CINEMAランキング通信」より)。

作品そのものに対する批評は既に多く出されているが、本コラムでは『天気の子』の舞台設定である異常気象について考える。前作も自然災害がテーマの一つとなっていたが、本作ではより前面に出ており、天候の調和が崩れた世界において雨が降り止まない東京を舞台にしている。

『天気の子』が公開されたのは7月19日であったが、その翌日の20日~21日にかけて、福岡県、佐賀県で「記録的短時間大雨情報」(※1)が出されるほどの豪雨となり、道路が冠水する映像が報道された。さらに8月27日~28日には佐賀県、福岡県、長崎県で「大雨特別警報」が出される豪雨となり、佐賀駅が浸水している映像などが報道された。9月9日に関東に上陸した台風15号では、千葉県が大きな被害に遭った。台風15号は関東ではこれまで経験のない強さだったとのことであり、千葉県内の自治体等の対応も後手に回ったとされる。ここで挙げた以外にも今夏は大小の水害が多発しており、まるで『天気の子』で描かれた舞台設定が現実になったかのようで、背筋が凍る思いがしないでもない。

今年に限らず、ここ数年、台風、豪雨、豪雪など天候関連の自然災害が激甚化しているように感じる。1959年の伊勢湾台風などの自然災害の経験を踏まえて、20世紀後半には防災・減災を目的とした各種の近代的インフラが整備されてきた。しかし、近年では近代的な防災関連インフラの想定を超える自然災害が頻発しているのではないか。

『天気の子』では、気象を祀る神社の神主が「観測史上初というが、せいぜい百年」「正常も異常も計れるものではない」と話す(※2)。『天気の子』の最終場面では、雨が3年降り続き東京の沿岸部は水没している。浜松町辺りは山手線の代わりに水上バスで通勤・通学しているようである。「ここにいてはダメです」と示した江戸川区の水害ハザードマップ(※3)が大きな反響を呼んだが、『天気の子』の最終場面で描かれたいくつかの地域が水没した東京は、絵空事ではなくなりつつあるかもしれない(※4)。

振り返れば、縄文海進の頃は武蔵国一宮である埼玉県大宮の氷川神社の参道付近まで海であった。戦国末期でも今の首都圏は湿地帯が多かったが、徳川家康が開始した利根川の付け替えなどの大土木工事によって関東平野は水捌けが良くなり、さらに江戸時代以降現代に至るまで沿岸部の埋め立て工事を継続してきた。

『天気の子』では、「東京のあの辺は元々海だった」「世界なんて元から狂っている」という台詞もあるが、狂っていようがいまいが、近代的都市を維持し、経済・社会の活力を持続可能なものとするには、激甚災害に手をこまねいているわけにはいかない。“異常気象”に今後も対応していくためには、国土強靱化をより一層推し進める必要がある。

江戸川区の水害ハザードマップは、地域住民の認識への訴求力という点で画期的だ。こうしたソフト面での取り組みをハード面での国土強靱化に結び付けることが望まれる。治山治水関連設備や交通網などの老朽化による更新時期を迎えている今、水害時の避難路や救急車両の移動などを考慮した堤防や道路へ更新するなどの工夫をすべきであろう。『天気の子』の最終場面で描かれているように、新しい現実に即したインフラ再整備(水上バスの活用、団地群の再整備等)という対応も備えておくべきかもしれない。

(※1)記録的短時間大雨情報は、「数年に一度程度しか発生しないような短時間の大雨を、観測したり、解析したときに、発表する情報」。大雨特別警報は、「台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨量となる大雨が予想される場合、若しくは、数十年に一度の強度の台風や同程度の温帯低気圧により大雨になると予想される場合に発表」(気象庁ウェブサイトより)。
(※2)本コラムにおける『天気の子』の台詞は、実際の言い回しの要旨である。

(※4)レインボーブリッジの水没は過剰描写とも言えるが、ゼロメートル地帯などの水没は考えられる。

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