英国:猛暑の夏とテリーザ・メイ前首相のレガシー

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2019年10月08日

  • シニアエコノミスト 菅野 沙織

英国がEU離脱に揺れる昨今、テリーザ・メイ前首相と言えば、ブレグジットの延期と、英国・EU間の離脱交渉の泥沼化を思い描く向きが多いだろう。しかし、実はメイ氏は何年も先の英国経済と社会の発展のベクトルを決め得る前向きなレガシーを残しているのである。2008年に気候変動法が改正され、英国は30年後に地球温暖化に負の影響をもたらさないという決定を下した。メイ氏は首相としての最後の仕事として、同法の改正により英国が2050年までに温室効果ガスのネット排出量(即ち、排出される量と回収される量の差)をゼロとすることを法律として成立させたのである。

今年の夏は英国とヨーロッパは異常な暑さに悩まされた。ケム川から吹くそよ風と木々の緑から生まれる涼しさがトレードマークのケンブリッジでは7月に気温が38度まで上昇し、英国内の最高を記録した。各地で線路が高温に耐えられず曲がったり浮いたりした影響で電車に大幅な遅れが出たほか、ロンドンで二番目に利用者が多いガトウィック空港では同時期に17便が欠航となる等、交通は混乱を極めた。英国メディアはこうした事態を重く見て、気温上昇を抑えなければロンドンは2050年にはバルセロナのような高温な気候になる可能性があると警告した。

太陽にさほど恵まれていないイギリス人の中にはこの猛暑を歓迎する人達もいた。メディアが掲載したインタビュー記事によれば、夏が暑いとお金を使わなくてもまるでスペインにいる心地だと、うれしそうに答えた人も中にはいた。だが、言うまでもなくそういう人々は少数派であった。止まった電車内に閉じこめられて気分が悪くなった乗客や飛行機がキャンセルされた旅行者は気候変動の怖さを実体験したと言っても過言ではない。

そして、今回のように異常高温や自然災害の頻度が上がっていることの影響は保険会社の支払いを増大させ、保険市場に脅威をもたらしている。イングランド銀行(英中銀)の報告書によれば、気象関連の自然災害損失の発生件数は1980年代以降3倍に増えており、世界のインフレ調整済み保険損失は、1980年代の年間平均約100億米ドルから過去10年間の年間平均で約500億米ドルに増大した。

同国は1990年以降、低炭素経済の実現を目指しており、2018年までにGDPを70%拡大させた一方で、温室効果ガス排出量を40%削減するなど、他のどのG7諸国よりも早く炭素排出量の削減を実現した。こうした実績と今年7月に英国政府が発表した、低炭素経済への移行を金銭的にバックアップするグリーン・ファイナンス戦略を考えあわせれば、英国が、2050年までに温室効果ガスのネット排出量をゼロにするという野心的な目標を達成するのは可能かもしれない。今後の取り組みに注目したい。

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