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私は香港人

2019年10月03日

金融調査部 金融調査部長 児玉 卓

1967年に起こった「反英暴動」では香港の民主活動家が香港政庁(英国植民地政府)に対してNOの声をあげた。今、香港の無数ともいえる人々が香港政府(香港特別行政区政府)とその背後にある中国・北京政府にNOを突きつけている。67年の「反英暴動」は左翼暴動でもあり、背後に北京政府の暗躍があったとされている。今回の大規模デモの背後にも米国などの世論操作や介入があるという見方がある。真偽のほどは定かではないが、いわゆる「カラー革命」の実績などからして、そうした事実があったとしても不思議ではない。もっとも、米国(?)にとってそれは中国(北京)とのディールのネタの一つでしかなく、香港における民主主義の達成は必ずしも主要な関心事ではないかもしれない。もちろん「反英暴動」時の北京政府や共産主義シンパにせよ、香港の民主化を目指していたなどということはあり得ない。これが香港における民主化運動の宿痾というべきではないか。つまり香港の人々の希求と外部の支援者(あるいは扇動者)との思惑とに、常に埋めがたいギャップがあるように思えるのだ。

「反英暴動」では香港政庁の厳しい弾圧を受けた左派がテロなどの暴力に傾斜するに及び、人々の支持を失った。それが「暴動」収束の一つのきっかけになったのだが、現在の香港政府・中国政府も似たような反政府デモ収束への道筋を描いているかもしれない。香港警察によるデモ隊への手荒な扱いが糾弾の対象になっているが、それがデモ隊による暴力を誘発するのであれば、デモ隊は暴力容認派と否定派で分裂する可能性が生まれる。可能性は低いと考えたいが、場合によっては深圳に展開する人民武装警察隊を投入する格好のエクスキューズになる。香港警察の手荒な行動は確信犯的な挑発であるかもしれないということだ。

とはいえやはり、現在の反政府デモを収束に向かわせるのは「反英暴動」時をはるかに超えた難事であるように思える。それは何より、現在の多くの香港の人々が「私は香港人」と自己規定しているためだ。ここに60年代と今との一番の違いがある。

彼らにとっての「私は香港人」は、我々が言う「私は日本人」と同じではない。そもそも我々が日本人であるのは自明であって、通常はわざわざ「私は日本人」などと意識的な自己規定を行う必要を感じることはない。しかし恐らく香港では、ことに1997年の中国への主権返還以降、少なからぬ人々が折に触れて自分が香港人であることを意識し、意識させられてきたのだろうと思う。そうせざるを得ないのは、「私は香港人」であることが自明ではないからだ。そうではなく「私は香港人」であることは、「私は(メインランドの)中国人ではない」というアンチテーゼと分かちがたく結びついてきたからだ。彼らの香港人としてのアイデンティティは、我々の日本人としてのそれと比較して、はるかにより社会的で、はるかにより政治的なのだと思う。

にもかかわらず、そうした強い政治的アイデンティティを持つ彼らには、その意思(民意)を表明する十分な場所を与えられていない。そのひずみが「デモ」として表出しているとすれば、その根絶には劇的な大転換が必要であるように思える。究極的には、彼らの多くが「私は中国人」、せめて「私は香港人であり中国人でもある」と自己を再規定することが必要なのではあるまいか。しかし言うまでもなく、香港政策に限らず権威主義的色彩を強める中国の政策は、そうした方向とは完全に逆に向いている。しばしの休息を挟むことはあるかもしれないが、香港の反政府デモは長期化必至のようにみえる。

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児玉 卓

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