健康経営が目指す企業業績向上との好循環

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2019年09月10日

  • 亀井 亜希子

経済産業省は、健康経営(NPO法人健康経営研究会の登録商標)に係る顕彰制度として、2014年度から「健康経営銘柄」の選定、及び2016年度からは「健康経営優良法人認定制度」を創設している。「健康経営銘柄」の顕彰は2015年度に始まって、今年度で5年目を迎えた。経済産業省の後押しもあり、年々取り組む大企業の数は増加している。

大企業が健康経営に取り組む意義は、一般には、健康経営に関連する施策(従業員等への健康投資)は、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、業績向上や株価向上が期待できるから、とされる。経済産業省は、公表資料(※1)の中で、健康経営が業績向上につながる効果プロセスとして健康や働き方への配慮の重要性を示すアンケート結果や、企業価値(モチベーションの向上、リクルート効果、イメージアップ等)への寄与、一部の施策による財務指標(ROA、ROS)の上昇への寄与(※2)、健康経営の顕彰と株価指数との相関関係等の先行研究結果を紹介している。しかし、いずれも部分的な相関関係に留まっており、ROE向上との因果関係までは今のところはっきりしていない。

ROEが高い大企業がリソースに余裕があるために健康経営に取り組んでいるだけなのか、それとも健康経営の取り組みによって実際に業績向上の成果が出ているのか、具体的にどの施策の寄与度が高いのか、等の効果発現プロセスは不明であり、仮説の域を出ない。それでも企業が健康経営に取り組むのは、顕彰によって顧客や就職・転職希望者に対して良い企業イメージを与えられる効果や、低金利融資及び国の補助金が受けられるメリットを期待してのことであろう。

「健康経営銘柄」は、東京証券取引所が、上場企業33業種から、経済産業省と共同で各業種につき原則1社ずつ選定している。5回目となる2019年度では27業種36社が選定された。選定には、健康経営に非常によく取り組んでいる企業群の中うち、ROE(自己資本利益率)の高さが重視されている点に注目すべきであろう(※3)。

現状は、企業が健康経営に積極的に取り組み続ければ、その努力の結果として「健康経営銘柄」に選定される、というような制度設計にはなっていないことがポイントである。企業は健康経営の実践だけでは足りず、ROEの引き上げを伴わなければ選定されない。投資家は、株価の上昇や増配による利益を享受する目的で「健康経営銘柄」に関心を持っているのであって、企業への健康経営の普及や、従業員の健康増進の程度を指標として投資判断をしているわけではないからである。

「健康経営銘柄」に選定される企業数は、健康経営に取り組んでいる企業全体の0.6%~1%(22~36社/年度)である。健康経営に非常によく取り組んでいても非選定となる企業数の方が圧倒的に多い。「健康経営銘柄」に選定されなかった企業が、健康経営の成果を投資家に訴求したいと考える場合、日本健康会議に申請をすれば、基準に該当した場合(※4)には「健康経営優良法人(ホワイト500)」の認定を受けることができる。

投資家の率直な関心は株価や配当にあるとはいえ、「健康経営銘柄」及び「健康経営優良法人(ホワイト500)」が、企業が健康経営に取り組んだ結果、従業員の健康を増進させるだけではなく、企業業績を向上させ株主利益を増大させるという、因果関係のエビデンスを明確に示すことができれば、投資家の行動も変わり得る。そのようなエビデンスを示すことができれば、健康経営は、資本市場を通じた一層の加速が期待できよう。

(※1)経済産業省「健康経営の推進について」(平成30年9月)
(※2)本研究(中間報告)を行った日経Smart Workプロジェクト「スマートワーク経営研究会」は、その後最終報告を出したが、そこでも健康経営による複数の施策とROEとの関係は明確ではない。
(※3)経済産業省・日本取引所グループ「選定企業紹介レポート」(2017年、2018年、2019年)
(※4)2017~2019年度は、健康経営度調査結果の上位50%以内の法人(200~830法人/年度)、2020年度以降は、健康経営度調査結果の上位500法人。(出所:経済産業省ウェブサイト「健康経営優良法人認定制度」)

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