フェイスブック・リブラと政府・中央銀行のせめぎ合いの幕が上がった

—今度の仮想通貨(?)は本物だ—

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2019年08月09日

  • 道盛 大志郎

先月17、18日にフランスで開かれたG7蔵相・中央銀行総裁会議において、フェイスブックが発行を予定しているリブラがやり玉に挙げられた。各国の蔵相と中央銀行総裁が「深刻な懸念」を共有し、「最高水準の規制が必要」と総括した、という。

これまでの仮想通貨(※1)と違って、各国通貨を凌駕する可能性を十分に秘めた、本格的な「疑似通貨」の登場とあって、政府と中央銀行が「最高水準」の警戒感をあらわにするのも無理はない。しかも、あまりに論点が多岐にわたって、どう論点を整理していくかだけでも、頭を抱えることになろう。

これまでとどれだけ次元が違ってきただろうか。

まず、リブラ協会というコンソーシアムが、リブラの制度全体をきちんと管理・運営し、責任の所在もはっきりしなかった他の仮想通貨とは一線を画す。リブラ協会はフェイスブックと深い関係を有するのは確かだが、クレジットカード会社のVISAやマスターカード、巨大ショッピングサイトのeBay、音楽配信サイトのSpotify、配車サービスのUberなど、錚々たる世界的企業(今は30社弱だが発足までには100団体を目指すという。)が参加し、運営上は、フェイスブックは彼らと並ぶ1票を有するにすぎない。

しっかりとした裏付け資産を保有していないこれまでの仮想通貨と異なり、リブラを発行する際に振り込まれた円やドルは、銀行預金や国債の形で、リザーブ資産として保有される。

また、ドルをはじめ複数の安定通貨に分散して保有され、この通貨バスケットとリブラは連動する。したがって、価値は極めて安定的で、国際的に見れば、どこか1国の通貨より頼りになるともいえる。これまでの仮想通貨と異なり、一攫千金的な望みはないが、決済手段としての安定性は群を抜く。

さらに、フェイスブックだけでもユーザー数は世界中に24億人を誇る。他の参加企業を含めた潜在的な利用者数となると、現時点では誰も計算できないだろう。1社24億人の段階で、既に、G7と中国を併せた総人口を遥かに凌いでいるのだ。

以上を見るだけでも、突っ込みどころ満載だったこれまでの仮想通貨とは次元の異なる、本物の「通貨候補」であることが分かる。

掲げる理念や目的も立派だ。「世界中の人々が、安全で安価な方法で効率的に通貨のやり取りをできる仕組みを提供する。」

普通の個人には海外送金の機会など滅多にないが、我々だって何千円も取られることになり得るし、小さな途上国から出稼ぎに出たお父さんが、故郷の家族に生活費を送り届けるにはどれだけの時間と費用が掛かるか、簡単には分からない。リブラ協会は、3~5営業日の時間と送金額の7%に達するコストが必要、と指摘している。各国・金融機関の分断構造である上、弱い国ほどシステムも脆弱なので、貧しい人々ほど、多くのお金を搾取される構造なのだ。

さらにいえば、そもそも世界の17億人は、銀行口座を持ってすらいない。国際間はもちろん、国内においても、物理的に離れた商品を手に入れるのは至難の業だ。だがこのうち、10億人がスマホを保有し、5億人がインターネットに接続できる環境にいる、ともいわれている。リブラの登場は、彼らにどれだけの恩恵を施すことになるだろうか。

これだけ見るとまるで白馬の騎士だが、リブラの登場は、各国政府や中央銀行に、とてつもなく複雑な問題を投げかけている。論点があり過ぎて筆者の頭脳を遥かに超越しているが、働かない頭でそのいくつかを整理してみたい。

まず、リブラがいったい何なのか、その位置づけからして定かでない。我が国においても、仮想通貨だという人もいれば、通貨バスケットとしての金融資産だ、という人もいる。ここでは、難しい定義の問題にこれ以上立ち入らない。

先ほど、リブラは通貨バスケットと連動している、と書いた。すると、厳密にいえば、円建ての商品を購入するたびに、それに必要なリブラの数量は変動している。つまり、為替差益や差損が常に発生している。定義上、これは雑所得だ。すると、税金の支払いのため、取引のたびに差益や差損を管理していかなければならないのか?

これらの疑問は序の口で、問題はどんどん重たくなっていく。

例えばマネロン対策だ。麻薬や犯罪で儲けたブラックマネーが送金されたり資金洗浄されることを防ぐため、世界中の金融機関は、本人確認をはじめとするマネロン対策の義務を負っている。しかし、リブラができたら、IDの真偽すら怪しい国で作られたアカウントから、瞬時に国際送金が可能になるかもしれない。しかも、本人確認でさえ怪しいのに、マネロン対策は、それだけでは済まない。金融機関は、怪しげな態様の送金を防ぐべく、大変な手間とコストを掛けて日々の取引を分析し、見張っているのだ。自由で巨大なリブラに、そのようなことが現実的に可能なのか?

利用者保護と金融システムの安定も大きな課題だ。リブラはリザーブ資産を保有するというが、だからといって本人の心意気だけに任せて放っておくわけにもいかない。銀行預金といっても大銀行も潰れてきたのが最近の歴史だし、約束事を遵守しているか、きちんとしたチェックと監視も必要だ。大き過ぎる巨人が倒れたときの影響は計り知れない。リブラ協会はスイスに本拠地を置き、地域的にリザーブ資産を分散して管理するというが、誰が規制し、どう監視していくのか。そのためのルールは誰が作るのか?

金融政策の問題は、まさに核心だ。金融政策は、金融機関が中央銀行に作る当座預金を通じて、中央銀行が実施している。付される金利を増減したり、資金量を操作することを通じてだ。しかし、リブラが中央銀行に当座預金を持つことは想定されていないし、利用者から見ても、銀行預金と違って、リブラに金利が付されることは予定されていない。この巨大な金融資産候補を巡っては、直接的にも間接的にも、金融政策のルートは断ち切られているのだ。

為替政策も困難に直面する。リブラのリザーブ資産は、ドルやユーロ、円などの通貨に分散して保有されるので、為替政策も巻き込まれることになる。当面は、ドルは50%の保有割合となる、などとされている。ということは、リブラ協会はいつでもその保有割合を変更し得る、ということだ。そのたびに、各国通貨のレートは、大きな変動圧力に晒されてしまうことになる。

そして、各国政府が抱く最大の恐怖は、これらも含めて、リブラがまさに、あらゆる決済に利用されて、「通貨みたいなもの」になってしまいかねないことだろう。通貨主権という、国家の基本的な権力の源泉に、現実的に挑戦し得る存在なのだ。先述した潜在的な規模ひとつとっても、これまでとはわけが違う。その意味で、もっともリブラを敵視すべき立場にいるのは、他でもない、フェイスブックの母国、米国だ。実に皮肉な事態と言わざるを得ない。

米国の強みは、コミュニケーションの手段としての英語同様、ドルが世界の基軸通貨であることだ。ドルこそが、あらゆるものの価値の基準であり、最後の決済手段だ。どのような困難が生じても、ドルを印刷さえすれば(?)、取り敢えずの支払いを済ませることができる。

しかし、リブラの安定性や利便性は、いつの日か、ドルを凌駕することになるかもしれない。つまり、リブラに凌駕される通貨当局の中でも、失うものが最も大きいのは米国だ、ということになる。最近の米国議会でのリブラに対する敵対的な姿勢は、そのような米国の潜在的恐怖心を表しているようにも思える。

先般のG7は、リブラに関するIMF作業部会の最終報告が、「IMF世銀総会のタイミングまでに期待されている」と総括した。つまり、10月18日が期限で、あと2か月余りしかない。我が国においても、金融庁・財務省・日銀による連絡会が設置された。リブラは、2020年前半にメインネット版に移行することを目指しているというのだから、確かに悠長なことを言ってはおれまい。

問題点の整理だけでも大変だが、その理解を国際的に共通のものとしていくことも必要だ。その際、「最高水準の規制」と言っても、過剰な規制や不要な規制は厳に慎まれるべきだ。決着までにはさらなる時間を要しようが、短期間で、どのような分析と対応を纏められるのか。暑い夏を注視していきたいと思う。

(※1)「仮想通貨」については、各種国際会議で「暗号資産」との名称が使用されるようになり、我が国においても資金決済法等の改正により、来年4月から同様の名称変更がされることになっているが、本コラムにおいては、文脈との関係から、「仮想通貨」の呼称のまま使用している。

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