金融制度SG報告書(案)に寄せて

利便性と安全性

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2019年07月18日

2019年6月10日、金融庁金融審議会金融制度スタディ・グループ(金融制度SG)が開催され、報告書「『決済』法制及び金融サービス仲介法制に係る制度整備についての報告≪基本的な考え方≫(案)」(※1)を大筋で了承した。この報告書(案)は、同じ金融審議会の市場ワーキング・グループの報告書ほど世間の耳目を集めてはいないが、機能別・横断的な金融法制(体系)の観点から決済法制などを大幅に見直す、言い換えれば、今後のFinTechの行方を指し示す重要なものである。

具体的には、①資金移動業者を、取り扱う送金額に応じて、高額送金を取り扱う「第1類型」、現行規制を前提とした「第2類型」、少額送金のみを取り扱う「第3類型」に区分すること、②プリペイドカードなどのうち一定のものについて利用者資金の保全に関する規制等を見直すこと、③実質的に個人間の送金に該当する収納代行は、原則、資金決済法上の資金移動業規制の対象とすること、④ワンストップでサービスを提供するプラットフォーマーについて参入規制の一本化や所属制の緩和を行うことなどが提言されている。

報告書(案)が示すのはあくまでも「基本的な考え方」であり、制度の詳細はこれから議論される予定である。こうした議論においては、しばしば、イノベーションによる利便性向上(利便性)と規制による利用者保護等(安全性)とがトレードオフの関係にあり、両者のバランスをとることが重要だと主張される。筆者もこうした考え方そのものを否定するつもりはない。しかし、この「バランス」という言葉の裏側に、利便性のために安全性が損なわれてもやむを得ない、イノベーションの促進に犠牲はつきもの、といった考えが見え隠れするようで一抹の不安を感じている。

セキュリティやコンプライアンスの対応を緩めれば、確かに送金の手数料・コストは大幅に下がるだろう。しかし、それによって、例えば、3回に1回の割合で指定した相手に送金が届かなかったり、犯罪組織に資金が流出したりするようでは、とても国民生活や社会を支えるインフラには値しないものとなってしまう。

金融分野に限ったことではないが、そもそも利便性を論じる以前の問題として、最低限、確保されるべき安全性のレベルがあるはずだ。そして、利用者がどのサービスを選択したとしても、その最低限の安全性は保証するというのが、「規制」の役割である。

もちろん、現状の規制が、安全性を確保する上で効率的に機能しているか否かを検証し、機能していない場合には規制を見直す必要があることは確かだ。しかし、このことは国民の安全・安心な生活を損なうような「規制緩和」が許されることを意味しない。

さらに、イノベーションの観点からも、単に安全性の劣化と引き換えに利便性を実現するような仕組みに価値があるとは、少なくとも筆者には思われない。報告書(案)が述べるように「キャッシュレス化の更なる推進のため、利便性の高い、安心・安全な送金サービスの実現が求められている」(※2)のだとすれば、むしろ、規制の要求するレベルを上回る安全性と、高度の利便性の同時実現を成し遂げてこそ、価値のあるイノベーションと評価できるのではなかろうか。

決済法制の具体的な見直しの議論は、是非、国民が安心・安全かつ利便性の高い決済サービスを享受できることを目指して進められることを筆者は期待したい。さらに付け加えれば、利用者保護、マネーローンダリングの防止に加えて、金融システムの安定も「安心・安全」の重要な要素であることを、金融危機を経験した者として忘れることはできない。

(※2)報告書(案)p.17

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳