インドが世界経済を救う?

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2019年07月04日

  • 児玉 卓

G20大阪サミットに合わせて行われた米中首脳会談で、両国間の貿易協議の再開、米国による輸入関税引き上げ第4弾の発動見送りが決められた。とりあえず金融市場は株高でこれに応えたが、米中間の対立は激化と沈静化を繰り返しながらも長期化必至というのが世のコンセンサスであり、このままフェードアウトしていくことはまず考えられない。それはすなわち、賃金上昇などによって劣化が進んできた中国のビジネス環境が、良くて不透明な状況に置かれ続ける、恐らくは一段と劣化することを意味している。

こうした中、一部メディアは、インド政府が中国から他国に生産拠点の移転を目論む企業に対し、税の減免などの優遇措置を通じて呼び込みを図ろうとしていると伝えている。総選挙での圧勝を経て二期目をスタートさせたばかりのモディ政権としては、一期目に見るべき進捗に欠いた“Make in India”を、米中対立に乗じて一気に進めたいということであろうか。

インドは中国に並ぶ人口大国であるが、年齢構成がはるかに若い。国連統計によれば、2015年の年齢中央値は中国の36.7歳に対し、26.8歳にすぎない。また、キャッチアップに遅れただけ平均的な所得水準、賃金水準は低い。つまり、若くて安くて豊富な労働力が存在する。ここにのみ着目すれば、インドほど「世界の工場」の地位を受け継ぐにふさわしい国はない。しかも、これはグローバルな観点からも歓迎すべきシナリオだ。何しろ、中国が抱えている製造業の集積はあまりに巨大である。そのほんの一部が、例えばベトナムに移転しただけで、かの国の賃金は急上昇し、見る間に人材は枯渇してしまうだろう。その点、インドには中国の集積を受け入れながら、息の長い高成長を持続する潜在力がある。更に、生産拠点の移転はゼロサムではない。インドが製造業の集積を受け入れる過程で、物的インフラが整備される。或いは家計所得が上昇し、それが新たな派生需要を生み出す。まとめていえば、高度成長に向けた好循環が始動する可能性があるということだ。それがかつての中国の二けた成長の時代のように、資源・エネルギー価格の上昇をもたらせば、ブラジルやロシア、南アなどの経済を復活させるかもしれない。ついには、10数年ぶりの世界経済ブームの到来か・・・・。

このような黄金シナリオを構成する「たられば」の中でも、最も深刻なボトルネックになりそうなものは何か。やはり気になるのは、インドが製造業と相性が悪いのではないかという点だ。そもそも、インドが今後「世界の工場」になれるのであれば、なぜ今まではそれができなかったのか。その気配すらなかったのか。

今更ながらあえて指摘すれば、インドには「規模の経済」を圧殺するような法制度・慣行がある。例えば交錯する権利関係を解きほぐすことが難しく、また農民など既得権への政治的配慮の強さなどから大規模な土地の収用が難しい。これは工場用地の取得を難しくするだけではなく、道路や鉄道などインフラ整備の障害にもなっている。もう一つ、総じて労働者フレンドリーとされる労働関連法制が立ちはだかっている。特に問題なのは、産業紛争法に、100 人以上の労働者を雇用する雇用者(企業)は、解雇、レイオフ及び閉鎖に際し、関係する州政府の事前の許可が必要、と定められていることである。経営者から見ると、従業員100人を境に人事政策の不自由さが非連続的に高まってしまう。その結果、例えば200 人の労働者を雇用するよりは、95 人の労働者を雇用する企業を二つ経営するという非効率があえて選択されやすくなる。

インド政府が講じている税の減免などのインセンティブは、一義的にはこうした非効率とコスト上昇要因を打ち消すに足るものであるかが問われることになる。より根本的には、中国から製造業の集積が拡散するという千載一遇の機会から利益を得るには、かねてのボトルネックの解消に地道に取り組み、製造業フレンドリーな経済体質を作る他はないということだろう。

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