米国の「先制攻撃」を可能にした「二つの援軍」

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2019年05月20日

  • 小林 俊介

5月10日、米国は約2,500億ドル全ての対中輸入品目への追加関税を25%に引き上げた。さらに同13日には、USTR(通商代表部)が残りの約3,000億ドル相当の品目にも最大25%の追加関税を賦課するとし、品目リストを公表している。今回の米国による追加関税率引き上げは、中国に予想外の先制攻撃を加える乾坤一擲の一撃として位置付けることができるだろう。しかし何故、選挙のない2019年というタイミングで米国は「決裂」のカードを出したのだろうか。

真意はトランプ大統領本人にしか知り得ないが、一つの推測として有力な背景と考えられるのは、米国経済に「余力」が生まれていることだろう(※1)。米国経済の目下の懸念は、2018年の成長率を押し上げた減税効果の剥落であるが、今のところその影響はあくまで緩やかにしか確認されていない。また、金融危機以降の猛烈な非労化の結果としてスラックが残存していることを背景に、新規雇用の増加ペースも未だ極めて堅調だ。株価も関税発動が宣告されるまでは最高値を更新していた。

加えて、政策面で二つの「援軍」が近づいている。一つは、インフラ投資拡大の実現確度の向上だ。同政策は、有言実行を地で行くトランプ大統領にしては珍しく「公約の積み残し」となっている。その背景は財源を巡る共和党と民主党の対立などであった。しかし2019年4月、トランプ大統領は民主党の議会指導部と会談を行い、インフラ投資の法案作成に向けて協議を始めることで合意したとの報道がなされている。なお、見過ごされがちであるが、全ての輸入品目に対する対中関税が25%へと引き上げられた場合、約1,300億ドルの歳入増が発生する。同収入がインフラ投資の財源を補充する可能性は十分に考えられるし、それこそ「相対的に兵糧(国力)に余力がある者が勝つ」冷戦の常道でもある。

もう一つは、金融政策による側面援護だ。まず筋の問題として、米中冷戦は国家戦略として行われているものだ。金融政策はこれを前提条件として調整されなければならない。しかし、拙速な金融引締めが進められてきた結果として、2018年の米国経済と金融市場は大きく混乱した。その反省も踏まえ、FRBは緩和方向へと、政策フレームワークの見直しを進めている。もちろん、関税が引き上げられた場合の金融政策のネックは、輸入物価の上昇に伴うインフレの深刻化により、望まれざる金融引締めに追い込まれることだ。しかし、FRBは2019年に入ってから「平均インフレ率目標」や「上下に対称的なインフレ目標」、そして「高圧経済」といった概念への言及を増加させている。少なくとも過去に比べれば、金融政策による側面援護を受けやすい状況が示現しつつある。

こうした米国の経済的余力向上は、「米ソ冷戦」終結後の、いわば「戦間期」において、中国経済にとっても朗報であり続けてきた。しかしオバマ政権退出以降に始まった現在の「米中冷戦」の世界的枠組みの下、米国経済の好調は中国にとって頭の痛い問題となってしまった。

(※1)もちろん、決裂の背景としては経済以外の要因も多々考えられる。たとえば創業者の長女でもあるファーウェイCFOの身柄を巡る米中間の緊張関係は、カナダを巻き込んで混迷の度合いを増している。また、北朝鮮を巡る中国の協力が奏功しているか否かは、昨今の半島情勢からは判然としない。

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