「気持ち」で考えるキャッシュレス化

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2019年05月15日

  • 土屋 貴裕

消費税率引き上げ対策の一つとして、キャッシュレス化の推進とポイント還元の組み合わせが行われるという。決済における日本人の現金利用率は、先進国としては極めて高い。日本の紙幣の偽造リスクが低いことや、クレジットカードのように一時的でも債務を負うことを嫌う国民性など、様々な要因が挙げられている。さらに、現金利用の背景には、決済完了性(ファイナリティ)という機能も挙げられる。相手に手渡した瞬間に決済が終わるという機能である。現金決済には誰がどのような取引をしたかの記録は残らず、匿名性のゆえにマネー・ロンダリングやアングラマネーなどで現金が用いられることになる。

キャッシュレス決済で購買情報が販売店や決済事業者にわたると、日々購入する品々の傾向がわかり、その人の性格や好みも読み解くことができるかもしれない。情報が第三者にわたると、第三者が自らの不利益になるような行動を取る懸念もあり、なんとなく気持ち悪いと感じる人は少なくないだろう。自分がどのような取引をしたかを他人に知られたくないのであれば、現金を利用し続けることになる。キャッシュレス化が普及する基本には、自分の購買情報を渡しても大丈夫という、他人を信じることが必要なのかもしれない。

現金はどうだろうか。現金を受け取ることは、「次の人に現金を渡すと受け取ってもらえる」という見通しがあって初めてできることである。見知らぬ他人との取引に際し、相手を信じる必要性はなく、現金を発行する中央銀行または政府という「お上」を信用していることで取引が成り立っている。現金の利用が伸び悩んでいるか減っている国には、真にキャッシュレス化が進んでいる国と、自国通貨が信用されていなさそうな国が散見される。

キャッシュレス化のための技術を気持ちの観点で整理すると、「お上」に関係なく、かつ他人を信用しなくても偽情報ではないことが担保される技術、ということだろう。キャッシュレス決済が進展するためには、技術を信用し、個人情報管理への安心感があること、という条件が必要かもしれない。ポイント還元というインセンティブが剥落したとき、現金利用でなくても大丈夫だという安心感が得られていなければ、気持ち悪さを上回るインセンティブが必要になるのではないだろうか。セキュリティの確保と利便性がある程度両立し、少なくとも本人情報の確認がスムーズに行われ、スマートな割り勘ができる手段が存在していてほしいものである。

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