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平成は証券市場改革が大きく進んだ時代

2019年02月07日

金融調査部 制度調査担当部長 吉井 一洋

平成が始まったのは、1989年1月8日である。私が制度調査関連の仕事を担当し始めたのは1989年4月、私の職歴はそのまま平成年間に重なっている。

平成は停滞の時代と捉えられているように思われる。この期間で米国、英国、ドイツの名目GDPは3弱~3.5倍程度になったのに対し、わが国のGDPは1.3倍程度となるにとどまった。株価も米国の株価指数が9倍~11倍(NASDAQは17倍強)、英国が4倍弱、ドイツが8倍弱となったが、わが国で1989年の年末の最高値(終値で38,915.87円)に遠く及ばない。しかし、この間に証券市場を取り巻く制度は大幅に改革された。

私が異動してきた平成元年当時は、まだ証券取引法の時代で、インサイダー取引規制すら導入されて間もなかった。TOB制度は抜本見直し前で、大量保有報告制度もなく、M&A関連の制度は会社法、会計、税制も含めて未整備であった。

バブル最盛期で、土地神話は残っていたし、資本コストの概念も普及しておらず、株式は低い配当のみで資金を調達できる低コストの資金調達手段という考えが一般的であった。特定金銭信託やファンドトラストの全盛期で、エクイティファイナンスを行っては財テクに資金を回す企業が多く見られた。株式持ち合いは当然のことで、コーポレート・ガバナンスは株主や投資家ではなく銀行が担っており、この用語自体も一般的ではなかった。大量推奨販売が行われており、投資顧問業法も施行後間もなく、大口顧客はあからさまに優遇されていた。投資信託は、国内では契約型の証券投資信託しかなく、委託会社よりも販売する証券会社主導で組成・販売されていた。内部管理責任者制度はまだなく、投資家保護は、証券取引法には規定されていたものの、重視されていなかった。企業会計は単体決算中心・原価主義で、ロスは隠すものであり公表するものではなかった。

私が最初に担当したのは税制であったが、株式のキャピタルゲイン課税が4月に導入されたばかりで、有価証券取引税はまだ残っていた。配当の源泉分離選択課税の税率は35%(+住民税)、株式の申告分離課税の税率は26%で、預貯金の利子の税率20%より高く、税率の面では、間接金融重視が残っていた。

上記のような市場のままでは、個人はこわくて投資できないであろう。しかし、これらの問題のほとんどは、その後の制度改正で解消されている。金融ビッグバンを経て、証券取引法は金融商品取引法に代わり、金融商品は多様化するとともに投資家保護も拡充され、顧客本位がさらに強調されるようになってきている。会社法が制定されコーポレート・ガバナンス及びスチュワードシップのコードが導入された。株式の持ち合いなども大きく減少した。M&A関連の手法は多様化し法制度は整備された。会計・ディスクロージャー制度では連結中心・時価会計導入・オンバランス化促進・拡充が図られ、監査制度も強化された。フェア・ディスクロージャー・ルールも導入された。税制では金融所得課税の一体化が進められる一方で、NISAが導入され、他方で確定拠出年金制度が整備された。制度の整備が進む一方で、我々を含む市場関係者の考え方自体も大きく変わったように思う。「正義は勝つ」は言い過ぎかもしれないが、長い目で見れば、望ましい方向に向かっているように思う。積み残された課題もあり、高齢・長寿化、ITの進展、情報の金融化、ESG・SDGsなどへの対応も必要だが、平成時代の制度改革が証券市場の発展に大きく寄与したと言われる時代がいずれ来るのではないかと期待している。

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金融調査部
制度調査担当部長 吉井 一洋