出でよ!グローバル人材

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2016年11月16日

  • 道盛 大志郎

先日、奨学金を受けて海外に留学することを希望している人たちと面談する機会があった。とても楽しみな気持ちの一方、若者の内向き志向が言われて久しい昨今、どのような若者なのか不安な気持ちも強かった。が、その不安はたちどころに一掃された。皆が皆とは言わないけれども、意欲に満ちた、素晴らしい若者達であった。

「グローバリゼーション」という言葉が盛んに喧伝されるようになったのは1980年代で、それ以降、我が国もその世界的な流れの真っ只中にいる。しかし、よく言われるように、グローバル化は決して良いことばかりではない。ブレグジットや米国大統領選挙に見られるように、欧米諸国はグローバル化の負の影響に直面し、そのあまりの大きさに、再考を余儀なくされている。最近になって、「グローバル化の光と影」の影の側面が前面に出てきたと言えるだろう。

一方、我が国の立ち位置は、これら諸国とはずいぶん異なっていると思う。特に人の動きの面だ。我が国は、「グローバル化の影」など論じる段階とはとても思えない。「人の受け入れ」に消極的な姿勢が、良くも悪くもその最大の要因だが、価値観のひどく分かれるこの問題は、短文のコラムではとても書ききれない。ここでは逆の、「外への人の動き」について述べたいと思う。

それを見ると、2000年代半ばに、グローバル化の動きは頓挫してしまった。我が国からの海外留学生は、1980年代前半の15,000人前後から増加を続け、2004年に83,000人近くに達した。しかし、その後は減少に転じ、2013年には55,350人にまで減っている(文部科学省調べ。この間の定義の変化につき、以下を参照。http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/1345878.htm)。中国の70万人以上というのはともかく、人口が半分にも満たない韓国の約14万人と比べても、すっかり低迷状況にあると言わざるを得ない。海外留学生の人口に対する割合で見ると、OECD統計(2016年)によれば、比較可能な加盟33か国中、米国、チリ、メキシコに次いで、下から4番目だったことになる。明らかに、我が国には国際的な活動を目指す若者が不足していると言えるだろう。

新入社員の意識調査(産業能率大学)を見ても、こうした若者気質は裏打ちされる。海外で働きたいとは思わない新入社員は、2004年の約29%から、2015年には約64%に増えている。上司が外国人だとしたら抵抗があるだろうと答えた新入社員も増え続けて、2015年には過半数となった。楽天をはじめ、人も言語も国際化を進める企業が増えてきてはいるが、若者でこれだから、その実態がどうなっているか、心配にもなってこようというものだ。

実は、筆者には、民主党政権時代の2012年に、国家公務員としてこの問題に取り組んだ記憶がある。その成果は、「グローバル人材育成戦略」として取り纏められた。(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/global/1206011matome.pdf

そこでは決して、日本人の全員が英語に熟達して国際的な活動を目指すべきだ、とはされていない。人には当然、得手不得手がある。でも、これからのグローバル社会で我が国がそれなりの存在感を示していくためには、同世代の10%位の若者が、「20歳代前半までに1年間以上の留学ないし在外経験を有し、(中略)グローバル人材の潜在的候補者となっている」ような社会を目指すことが目標とされた。このため、英語教育の充実、留学支援の充実をはじめ、省庁横断的なさまざまな取り組みが盛り込まれた。

これらの取り組みの多くは、自民党政権にも引き継がれている。ただ、効果が上がった、とは言い難い。それは、ひとつには、肝心の改革がこれからだったり、雲散霧消してしまったからだと思う。

これからなのは英語教育の質の改革だ。確かに小中高の英語教育は改善しつつあり、新学習指導要領の実施も間もなくだ。肝心の教員の質の向上にある程度時間が掛かるのはやむを得ないだろう。ただ、文法や読解に偏重した受験英語の改革は、まさにこれからの課題だ。「読む」「書く」「聞く」「話す」の4つの技能をバランスよく問う入試の実現に向けた取り組みは、まだ謳い文句にとどまっている。肝心のここが変わらないと、改革への原動力が生まれない。

意を決して海外に出た学生が4年生の6月に帰ってきても、就職戦線には間に合わない。あまりに早期の就職活動スケジュールや一括採用の慣行は、学業だけでなくグローバル人材の育成をも阻んでいるのだ。2012年当時は、通年採用、卒後3年以内の新卒扱いだけでなく、大学の秋入学やギャップ・イヤーの促進にも取り組んでいたが、後者の取り組みは雲散霧消してしまった。大学の4学期制へ取組方向を変えたが、6~8月を休めるようにしても、サマースクールに行きやすくなるだけで、グローバル人材の育成に資する本格的な留学への環境整備にはなり得ないのだ。

そのような折に、冒頭に述べたように、意欲に満ちた若者と会う機会に恵まれた。まだまだ政策対応は途上であっても、希望はあると感じた。「グローバル化の影」に苦しむ欧米よりも、我が国のこの課題への対応ははるかに容易だと思う。今後の取り組みに期待したい。

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