Brexitと新5ポンド札で揺れるアイルランド島

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2016年09月21日

Brexit以降、にわかに注目されているアイルランド島を訪れる機会があった。

アイルランド島は長らくイングランドの植民地であり、英国に併合されていたが、独立戦争を経て北部6州(現在の北アイルランド)を除く南部26州が1922年に英国から分離した後に、アイルランドとして建国に至った。このような背景から、アイルランドと英国は共通旅行区域(CTA)制度をとり、二国間の往来については国境を開放した状態にある。このためシェンゲン協定未加盟の英国に国境検査なしで入国できる唯一のEU加盟国となっている。

車で走っていたときに国境には気づかなかったものの、そのインフラは北アイルランドと比べものにならないぐらい整備されている。北アイルランドの荒れた道路からアイルランドに入ると、その違いは一目瞭然である。それもそのはず、アイルランドといえば、今や実質GDP成長率が7.8%(2015年)と、中国やインドを上回る驚異的な経済成長を見せる国でもある(リーマン・ショック時には、住宅バブルが崩壊し巨額の不良債権を抱える銀行を政府が救済するなど破綻国家というイメージが強いが)。高成長の要因は、金融危機後の迅速な緊縮財政の導入が功を奏したことや、圧倒的に低い法人税で外資誘致に成功したことなどが挙げられる。さらに首都ダブリンは、BrexitでEUパスポートが失われた英国からの金融機関の移動が期待され、ロンドンに代わる新たな金融ハブとなるか注目されている。

ただ現在の金融街はロンドンに比べ圧倒的に小さく、シティから金融機関が大挙して押し寄せて来た際には物件の争奪戦となることが予想され、住宅バブルの再燃が頭をよぎった。さらに、課税優遇措置により欧州拠点としてアイルランド誘致に成功した米アップル社の子会社に対し、欧州委員会は、8月に130億ユーロ(約1.5兆円)もの巨額追徴課税をアイルランド政府がするように求めるなど、外資誘致の将来に不透明な部分もある。また英国がEUから離脱し、人の移動の自由が制限される場合には、現在は開放されているアイルランドと北アイルランドの国境管理が、強化される可能性も否めない。国境線での移民の取り締まりや税関設置などの対策が迫られるため、移民入国の管理強化とCTAを両立できるかは難しいといわれている。北アイルランド紛争後、EUは和平を進めるプログラムを何度も導入しているが、国境管理が実施されるようになれば、再度、緊張が高まる可能性もある。フランスでテロが頻発した時、次はロンドンも危ないのかなどと英国人と雑談していると“全然不思議ではないよ、IRA(アイルランド共和軍)のテロがロンドンでも起こっていたのは、つい最近だからね”と真顔になったときは身が引き締まった。

なお、北アイルランドで買い物をした時におつりでもらったポンド札はこれまで見たことがないものであった。北アイルランドとスコットランドは未だに英国中央銀行(BOE)に通貨発行権を渡していないため、両地域ではアルスター銀行やRBSなど通貨発行権を持つ銀行がそれぞれ北アイルランドポンド、スコットランドポンド紙幣を発行して流通させている。この紙幣、一応、イングランドでも使えるが、法定通貨ではないため店によっては受取拒否されることも多い。その一方、英国では9月13日より新5ポンド札の流通が開始された。新札は透明なプラスチックフィルム(ポリマー)でできており、偽造防止にも役立つとされ、汚れに強く耐水性があり、手で触ると従来の紙幣と明らかに違うことが分かる(カーニーBOE総裁が、カレーに浸すパフォーマンスを披露していた。2017年には10ポンド札、2020年には20ポンド札もそれぞれ新しいデザインでポリマー札に刷新される予定)。スコットランドでもイングランドに若干遅れてポリマーの新5ポンド札が発行されるというが、財政に余裕のない北アイルランドでは相当の初期費用が必要になるポリマー札導入の予定はないとのこと。Brexitに伴い、EUからの直接の補助金も期待できなくなる北アイルランドに、アイルランドとの国境管理が加われば、泣き面に蜂である。Brexitの影響が、英国全土に及ぶことを実感したアイルランド島訪問であった。

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫