「炭素」と「女性」だけではないESG課題:例えば「アニマルウェルフェア」

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2016年07月06日

  • 河口 真理子

企業の環境(E),社会(S)、ガバナンス(G)の側面を評価するESG投資が最近注目されている。具体的なテーマとしては気候変動問題(低炭素)、女性活躍、児童労働などがあるが、最近欧米では日本人がなかなか考え付かないテーマに注目しているようだ。

5月23日、18の欧米機関投資家(資産総額1.5兆ポンド<約210兆円>)が「アニマルウェルフェアに関する投資家声明」に署名というニュースが流れた。アニマルウェルフェアとは直訳すると「動物福祉」。いわゆる動物愛護をイメージする方もいるだろう。しかし、このアニマルウェルフェアは趣が異なる。農水省が平成19年度から22年度にかけて立ち上げていたアニマルウェルフェアに関する検討会では、アニマルウェルフェアを、「家畜の快適性に配慮した飼養管理」と定義している。更に意味が分からなくなったかもしれない。

家畜というと、鶏が餌をついばみながら庭先をウロウロし、牛がのんびり歩きながら牧草を食む状況をイメージされるかもしれない。しかし現状は大きく異なる。例えば物価の優等生といわれる鶏卵。スーパーでは通常10個の1パックが200円程度で売られている。しかし単価20円の卵とはどのような環境で生み出されるかご存じだろうか?のんびり庭先を歩き、羽を自由に羽ばたかせるなんてとんでもない。採卵鶏は20センチ四方程度のバリケージの中に何羽も詰め込まれ羽ばたくどころか向きを変えるのも容易でないし、お互いのくちばしで怪我をしないよう麻酔なしでくちばしを切除される。ケージは何段にも積み上げられ、病気の蔓延を避けるため、大量の抗生剤を混ぜたものを餌として与えられる。ケージの床は網なので爪でうまく体を支えられず、不安定なまま放置される。こうなると農場ではなく効率的な卵生産工場だ。卵の値段を上げない企業努力と言えるかもしれないが、動物の立場からすると虐待以外のなにものでもない。

ここでは詳しく触れないが、牛も豚の飼育環境も同様に胸が詰まるような状況だ。また家畜ではないが最近筆者が衝撃を受けたのがダウンをむしる動画。ダウンはそもそも食用のガチョウの副産品だったので数がとれず昔は高級品だった。最近は数千円のお手頃価格ダウンが増えているが、それは生きた鳥から麻酔もかけずに羽をむしりとっているから可能な価格なのだ。

人間の衣食のために動物を殺して活用するのは致し方ないとしても、その命を尊重し大切に扱うべきで、残虐な方法が許されるべきではない。こうした理念のもと英国の畜産動物ウェルフェア専門委員会は国際的に広く認知されている「5つの自由」(※1)を1922年に提唱している。

規制の動きも出てきた。EU理事会は1998年にアニマルウェルフェアに関する理事会指令を出している。米国カリフォルニア州では2015年にケージなど狭い空間での養鶏が禁じられた。企業も動き始めた。北米のマクドナルドは昨年10月に、ウォルマートはこの4月に2025年までに100%ケージフリー卵に移行すると宣言。ダウンでも残虐なむしり方をしないレスポンシブルダウンの取り組みが始まっている。

冒頭の投資家宣言では、食品会社の長期的企業価値にアニマルウェルフェアは重要な影響を及ぼすとしており、今後注目されるESGテーマだ。最近、熊やサメ、ワニに人間が襲われるという事件が増えているが、これは動物界からの逆襲かもしれない。我々人間には、人間と同様に他の命も尊重する姿勢が求められているのではないか。

(※1)飢え及び渇きからの自由、不快からの自由、苦痛・損傷・疾病からの自由、正常な行動発現の自由、恐怖及び苦悩からの自由である。

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