財務省も、ときには粋なことをする—中高生向け「財政学習教材」の話—
2016年05月27日
NHKニュースを見ていたら、財務省が、中高生向けの「財政学習教材」を公表した、という。国の予算や借金などを分かりやすく説明したもので、中学校や高校の副教材として活用してもらったり、教科書の基礎材料としてもらおうと作られたものだそうだ。
早速財務省のウェブサイトからダウンロードしてみた(※1)。20ページのカラー版の冊子で、グラフや絵がページの半分以上を占め、歳出の構造や税金の種類、社会保障費や借金の増大するさまが視覚的に見て取れる。財政制度等審議会の委員が知り合いに見せたら、財政赤字や借金のグラフを見てすごいショックを受け、「日本はこんなにひどかったのね」と感想を述べたのだという。
財務省が作成したものだけに、ストーリー展開はいかにも、というところもあるが、やたらと小難しい資料を作りがちの役所が、子供達に理解してもらうことを企図して、このようなグラフィカルな資料を、分かりやすく作ろうとした試みには拍手を送りたい。作成した担当者に聞いたら、「例えば、国民一人当たりのサービスといった形で、分かりやすく説明する取り組みをやっていなかったので、結構苦労しました。」ということだ。
実は、筆者も以前、財務省に勤務していた。こうした特殊(?)な人間や、大和総研の同僚のような日々経済問題を扱っている人達にとっては、日本の財政状況は既知の事実だと思うが、そのような人はむしろ例外で、普通に暮らしている人にとっては、財政赤字がひどいことは耳にタコができるほど聞かされていても、今一つ実感が湧かない、といったところではないか。
その理由の第一は、何といっても、増税のとき以外は、財政と言われても日々の暮らしに目に見えて関係してこないことであろう。しかし、そのほかにも、財政の仕組みが複雑で理解し難かったり、飛び交う数字が○兆円とか、○千億円とか、あまりに現実離れしていて、実感できないこともあると思う。
ということで、普通に暮らしている人向けに、財政の仕組みや問題点を分かりやすく解説した書籍を現在、大和総研の同僚と一緒に作成中である。その中で、財務省も苦労した次のような試みをしている。
私はサラリーマンで、家庭は子供を含め3人家族で、妻は専業主婦である。これをモデルケースにすると、私の家族の身の回りの財政は、次のように表現できる(大胆かつ大まかな試算である点に留意)。
年間で、朝出したゴミの処理に5万円、日々の安全のための警察に7万円、万が一のときの消防に5万円が税金から使われている。出かけるときに歩く道路に15万円、洪水を防いでもらう河川事業に6万円だ。国を守ってもらう防衛には12万円使っている。
子供が公立の小学生なら一人当たり90万円、公立の中学生なら105万円、私立中学なら30万円(親の負担80万円)が税金から支出されている。公立幼稚園なら80万円、0歳児を保育園に預けると470万円、1歳児だと220万円(東京都板橋区の場合)になる。
社会保障に移ると、医療費を3人で93万円ほど使う。このうち自己負担は12万円で、残りは税金36万円と保険料45万円が負担している。私が75歳以上の老人になると、1人だけで約3倍の90万円の医療費を使い、このうち自己負担は7万円で残りは税金と保険料だ。年金生活に入ると、妻と2人で260万円ほど貰う(平均年収500万円として)。この財源は、75万円の税金と185万円の保険料だ。
これに対して、負担の方はどうか?同じ500万円の年収として、所得税・住民税25万円と社会保険料70万円を負担する。残りの400万円を全部消費するとして、消費税は32万円になる。
これらの受益と負担を比較して、受益に比べて負担が軽過ぎるのは問題だ、というのは財務省の仕事として、ここでは深入りしない。むしろ、一つ一つの事柄に、どれ位の負担を国民として行っているのか、イメージを持って考えていただきたいと思う。そうすることによって、公共サービスを受けるありがたみを感じることもできるし、配分の在り方がおかしいと、実感をもって異議を唱えることもできる。そして、無意識のうちにどれだけたくさんのお金が自分から出ていき、逆にどれだけのコストを掛けたサービスが提供されているか、また全体としてどれだけのお金が飛び交っているのか、関心を持ってもらえるようにならないだろうか?
そのような問題意識を、財務省も持ってくれたことに感謝している。そして、もう一点、作成された資料が中高生用のものであることも良かったと思う。この点についても一言述べたいが、文字数に限りがあるので、次の機会に譲ることとしたい。
(注)受益と負担のバランスについて一点だけ言えば、私と家族の個性を全部捨象して、1億2,000万人分の3として計算すると、国の歳出は240万円、税金は140万円、借金は2,000万円となる(地方分が入っていないことに留意!)。
(※1)財務省「財政学習教材 日本の『財政』を考えよう」(平成28年4月)
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