会計監査の品質の向上に向けた新しい取り組みとは

監査法人のガバナンス強化

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2016年05月20日

  • 引頭 麻実

5月初め、東芝は新社長の人事を発表した。構造改革に一定の目途が付いたためとされている。同社の不正会計が発覚してほぼ1年が経過した。医療機器子会社の売却、家電やパソコン、半導体など各事業の抜本的な構造改革、1万人規模の人員削減等々、様々なリストラ策が講じられた。不正会計を行い、構造改革を先送りした結果、このような大規模なリストラを同時に行わなければならなくなっている。不正が発覚した当日(2015年5月8日)の株価(終値)は483.3円だったが、今年2月半ばには直近の安値155.0円を付けた。約7割の下落である。東芝には昨年12月、証券取引等監視委員会から有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告が出され、同月金融庁は課徴金納付命令を決定した。

不正会計の第一義的な責任は当該企業にあることに疑念の余地はない。しかし、会計監査という仕組みがあるなかで、なぜ監査人は不正を見抜けなかったのか、という疑問は残る。東芝の場合、不正会計の“手口”は巧妙かつ複雑なものではなく、古くから馴染みのある手法が多かったといわれる。単純な不正会計であればなおさら、その疑問は強くなる。監査を担当していたのは、新日本有限責任監査法人。金融庁は同じく昨年12月、同監査法人および担当の公認会計士7名に対して、懲戒処分等を発表、今年1月には課徴金納付命令を決定した。監査法人に対し、初めて課徴金を課した。それほど重い事案であった。

カネボウ、オリンパスなど様々な不正会計事案を背景に、監査基準は着実に整備・強化されてきた。しかし、基準のみに着目するだけでは、十分ではないことが露呈した。

金融庁のプレスリリースを見ると、監査法人の運営そのものに問題があったという指摘がある。筆者なりに解釈すると、監査法人として様々な監査の品質向上に向けての改善策を掲げているが、その内容や狙いなどが、監査に携わる監査補助者まで浸透しているのか、あるいは監査手続きにおいて通常とは異なる監査証拠に遭遇した場合、チーム内で情報を共有するとともに、内容について検討しているのか、また表面的ではなく深度ある教育・指導がなされているか、等々といった監査法人としてのガバナンスが十分に機能していないことを問題視している。監査技術あるいは監査基準の遵守が重要であることは言うまでもないが、同時にガバナンスが適切に機能していない限り、本源的な意味での監査の品質向上には繋がらないとみているのである。

金融庁では監査の品質向上に向けた取り組みの一つとして、監査法人のガバナンス・コード策定を検討している。具体的なコードの策定はこれからであるが、現在上場企業に求められているコーポレートガバナンス・コードと同様に、プリンシプル型(コンプライ・オア・エクスプレイン)が取り入れられるもようである。従来の監査手続きのみを表面的に遵守すれば良いという風潮から、前述のようにガバナンス強化を通じての監査品質の向上へと舵は切られつつある。コードが策定された暁には、コードの遵守状況やガバナンス強化のための工夫など、各監査法人が自身で考え、取り組んだ内容についての情報開示も検討されるもようであり、外部からも取り組みが確認できるような仕組みを目指すものとみられる。外部からの監視という視点も新しい取り組みである。資本市場においても、監査に対する判断材料の一つになるのではと期待される。

資本市場から見ると監査はまだ遠い存在だ。しかし、監査に関する様々な情報開示が進むにつれ、徐々に馴染みある存在になっていくだろう。資本市場が監査に関心を持つことこそ、監査の品質の向上に繋がる大きな一歩となる。資本市場からの牽制機能を監査に活かせるかどうかが、新しい取り組みの成否を握るかもしれない。

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