地域鉄道会社にみるリソース・ベースド・ビュー戦略

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2016年04月18日

  • 平井 小百合

わたらせ渓谷鐡道は群馬県にある地域鉄道である。人口減少と過疎化が地方で進む中、多くの地域鉄道は赤字である(※1)。わたらせ渓谷鐡道も赤字で地方自治体の支援を受けて運営している。地元住民の足となることが地域鉄道の第一の存在意義だが、人口減少のなか、日常生活利用者のみで鉄道運営を存続するのは困難だ。

わたらせ渓谷鐡道では、観光客の誘客を狙う。実践するのは、「無いものねだりより、あるもの探し」と「地域資源の活用」というリソースを最大限活かす経営戦略(リソース・ベースド・ビュー戦略(※2))だ。

わたらせ渓谷鐡道のリソースはトロッコ列車、自然、地域資源(地元住民、地元企業)、そして従業員である。

トロッコ列車は窓が大きく自然が楽しめるよう設計されており、冬場では窓にガラスを張った暖房完備のトロッコ列車を投入、通年でトロッコを楽しめるようにしている。また、長いトンネル内でも楽しめるように、天井にイルミネーションを設置し、トロッコに新たな観光資源を付加した。さらに冬場には、各駅でイルミネーションを装飾し、「イルミネーションの旅」を実施、盛況である。

トロッコ列車をただ運行するだけではない。年間60種類ものイベントを実施している。料理列車、歌声列車、着物ショー列車、沿線ハイキングなど趣向をこらしたアイディアが満載だ。イベント列車はほぼ満席である。これらイベントは地元住民の協力で成立している。駅でのイルミネーションの装飾、トロッコでの演奏、着物ショーへの参加、駅周辺の美化活動も地元住民のボランティアだ。地元住民の協力があってこそ、コストを限界まで抑制している。

オリジナル商品の開発では、地元企業と地域資源を活用した連携を重視する。例えば、地元の養豚牧場、醤油蔵元と「やまと豚弁当」を共同開発。鉄道会社で唯一、駅弁を販売する会社となった。弁当の掛け紙の裏面は沿線ガイドマップになっている。付属品は特製の手ぬぐいだ。観光客が弁当を食べ、ガイドマップを見て沿線の観光スポットに足を延ばす、そのスポットの一つに温泉センターがあり、そこで付属品の手ぬぐいを用いる・・・商品開発にはこのように観光客を沿線に誘導するストーリーが込められている。

わたらせ渓谷鐡道を牽引するのは、2009年に群馬県の観光局長から転身した樺澤社長だ。社長の座右の銘は、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず」である。社長は良いアイディアがあればすぐに実行することをモットーとしている。アイディアを実現するための人脈を有しているのだが、その行動力には感服する。また、「知ってもらうのが第一」とプロモーション活動にも積極的だ。「社長があそこまでするなら、自分達でできることは何か」を従業員は考えだし、意識改革も進んでいる。保守点検者がイベントを担当するなど、マルチタスク化を進めるとともに、社員に積極的に情報を伝え、意見を聞き、「従業員が主役になる場面」を創出する。仕事へのやりがいや楽しさを与え、おもてなしの心を醸成しているのである。

わたらせ渓谷鐡道は、地元住民、地元企業、従業員との全員経営で、「地域を売る」。目指すは、地域全体での黒字化だ。

(※1)国土交通省「地域鉄道のあり方に関する検討会」(平成27年)によると、地域鉄道事業者(91社)の7割以上が経常損失を計上している。
(※2)リソース・ベースド・ビュー戦略(RBV=resource based view)とは、企業の有する経営資源(リソース)が製品、サービスのポジショニングより重要であるとする考え方である。ポーターの競争戦略(SCP=structure conduct performance)と対比して捉えられる傾向がある。地域鉄道については企業の有する経営資源に加え、地域の有する資源が重要なリソースとなる。
(参考資料)わたらせ渓谷鐡道株式会社「知的資産経営報告書」2013

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