科学技術と人間開発

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2016年03月24日

  • 岡野 武志

日本は科学技術創造立国を目指し、1995年に「科学技術基本法(※1)」を定めた。同法に基づき、翌96年に第1期の科学技術基本計画が策定され、概ね5年ごとの見直しを経ながら、4期20年にわたって科学技術政策が推進されてきた。今年1月には第5期の基本計画が閣議決定されており(※2)、未来の産業創造と社会変革に向けた新たな基本計画が4月から本格的に動き出すことになる(図表1)。第5期科学技術基本計画は、ネットワーク化やグローバル化の進展などを踏まえ、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」を未来の姿として提起し、未来に果敢に挑戦する文化を育むとしている。

第5期科学技術基本計画の概要

新たな基本計画は、高い生産性によって社会全体の活性化と雇用創出を図るとともに、国民に心が豊かで質の高い生活を保障できる国となることを目指している。また、日本の科学技術イノベーションを、地球規模の課題への対応や途上国の生活の質の向上にも活用し、世界の持続的発展に貢献する国となることも視野に入れている。環境や人間を犠牲にして、一部の人が一時的に物質的な満足を得たとしても、多くの人々の幸福にはつながらないであろう。科学技術によるイノベーションには、経済的な利益を生むことだけでなく、人々の心や暮らしにも恩恵をもたらすことが期待されている。

経済的な指標だけでは表せない社会の進歩や豊かさについて、国連開発計画(UNDP)は「人間開発(Human Development)」という考え方を提示している(※3)。人間開発は経済的な豊かさに加え、健康や安全、教育や信条などを含めた生活の豊かさにも焦点を合わせ、自らの意思に基づく選択肢を広げることと捉えられる。UNDPは人間開発指数(HDI:Human Development Index)などを用いて、世界の国や地域の人間開発の状況を測定している。昨年12月に公表された「人間開発報告書2015(※4)」によれば、2014年の日本のHDIは0.891で、国際的なランキングは20位となっている(図表2)。

主な国・地域の人間開発指数(HDI)

HDIは「長寿で健康な生活(出生時平均余命)」、「一定の生活水準(1人当たりGNI)」、及び「知識へのアクセス(平均就学年数・予測就学年数(※5))」の要素を指数化して算出される。14年の日本の出生時平均余命は83.5年で、国際的にもほぼ最高の水準にある。しかし、1人当たりGNIは約36,900(米)ドルにとどまり、シンガポール(約76,600ドル)やノルウェー(約65,000ドル)などとの差は大きい。また、予測就学年数(15.3年)も、オーストラリア(20.2年)や韓国(16.9年)などの水準を下回っている。日本のHDIは90年からの伸びが相対的に小さく、アジアの国や地域にも後れを取りつつある。

HDIが算出されている188の国や地域について、生活水準と知識へのアクセスの指数を比較すると、それぞれの指数で日本を上回る国や地域が少なくないことがわかる(図表3)。科学技術を担う人材の育成が停滞すれば、イノベーションで世界をリードしていくことは難しい。生活水準の向上が知識へのアクセスを促し、教育の成果が所得の増加につながれば、さらに高度な教育を受ける選択肢は広がるであろう。科学技術イノベーションによって、豊かな「超スマート社会」を実現するためには、所得と教育の両面で人間開発を高めていくことが優先課題といえるのかもしれない。

生活水準と知識へのアクセス

(※1)「科学技術基本法について」文部科学省
(※2)「科学技術基本計画」内閣府
(※3)「人間開発とは」国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
(※4)「人間開発報告書」国連開発計画(UNDP)
(※5)「平均就学年数」は25歳以上の国民がそれまでに受けた教育の平均年数を示し、「予測就学年数」はこれから就学する児童に見込まれる学校教育の総年数を表している。

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