拝啓 習近平総書記殿、どうかあえて景気対策を

RSS

2016年01月28日

  • 児玉 卓

総書記殿、貴国が世間をひどく騒がせています。アジアや中東の経済外交にご多忙であること、承知しています。もしかすると、今でも蠅叩きや虎退治にもお忙しいのかもしれません。ですが、どうか騒ぎの鎮静化に、ひと肌お脱ぎいただくわけにはいきますまいか。それができるのは、総書記殿、貴殿だけなのです。

あえて言わせていただければ、貴国は不当に低く、弱く見られています。確かに、人口ボーナスが終わった今、高度成長への回帰は望み薄でしょう。趨勢的な成長力が落ちつつあった段階でリーマン・ショックに見舞われるという不運もありました。世界を救った4兆元対策も、終わってみれば、貴国に残されたのは想像を絶する需給ギャップだったというわけです。とはいえ、貴国が80年代以降に達成してきた経済成長の実績の前には、このような瑕疵は何ほどのものでもないはずです。

ただ、ほんの小さなキズでも、放っておくと悪化することがままあります。特に厄介なのは、ここに想像力豊かな、というよりも、勘繰りが絶えない「マーケット」が絡んでくるケースです。どうも昨年来の騒ぎは、取るに足らない小さな傷口が、マーケットの力でぐいぐいこじ開けられている感があります。

昨年夏の騒ぎの発端は株価の急落でした。貴国は株価下支えに狂奔しましたが、効果のほどはあってなきが如しといったものでした。同じような時期、貴国は人民元の切り下げ(基準値設定方法の変更???)を行いました。これに関しては、後講釈ながらSDR入りをにらんだIMFへのアピールという見方が一般的になっていますが、切り下げ当時は、やれ輸出テコ入れ策だ、テコ入れが必要なほど景気が悪い、といって4~5%程度の切り下げでどうなるものでもなく、やはり中国経済は危ない等々の憶測が乱れ飛んだものです。マーケットの参加者は、貴国政府は株価は無論のこと、人民元のコントロールもできなくなったし、実体経済を支える能力や意思さえ失ったのではないかと疑っています。もちろん、これは貴国に対する不当な評価です。ですが、貴国政府のわきの甘さが、こうした評価を生んだ面もあることは否定できません。

貴国が数多くの政策目標を追求していることは理解できます。雇用を生み、社会を安定させなければならない。格差拡大を助長してはならない。経済大国としてのプレゼンスを国際政治の中でも示していく必要がある。その時々の状況に応じて、プライオリティの重点を変えながらも、貴国のベクトルは多方面に向けられている。これが往々、誤解を生みやすいのかもしれません。例えば、人民元の下落など、数年前には考えられないことでした。変わったのは、一つにオフショア市場の創設でしょう。貴国は人民銀行のコントロールの及ばない世界の誕生を自ら認めたわけです。それは人民元の国際化、ないしは金融・資本移動の自由化という、政策目標の一つを反映しているはずです。それが短期的な混乱を生むのは、複数の政策目標を同時に達成することはできないという自明の理に過ぎないともいえるわけです。ところが、中国悲観論が蔓延し、成長鈍化がいつ終わるのかわからない、公表数値も嘘くさく見えるという疑心暗鬼の中で起こった人民元安であるために、騒ぎが増幅してしまう。そして「マーケット」が騒ぎを一層拡散させるのです。人民元安がドル建て債務を負った企業のバランスシートを悪化させ、株価が再度下落するといったスパイラルが生じるのです。

この悪循環を、どうかいったん断ち切っていただけまいか。そのために最も効果的なのは、貴国政府に景気悪化を食い止める意思と能力が十分にあることを示すことではないでしょうか。4兆元対策の後遺症、わかっています。ですが、だからこそ、景気対策の有効性を示すことができれば、マーケットのムードは一変するのではないかと思います。人口ボーナスの終焉が痛いことは確かですが、失礼ながら貴国の一人当たりGDPは10,000ドルにも達していませんし、依然として半数の人々が農村に住んでいます。所得の伸び代、都市化に伴う世帯数の増加余地、そして技術的キャッチアップの余地など、成長の芽は至る所にあるはずです。それをサポートするに、無駄にはならない投資分野・案件も数多あるのではないでしょうか。混乱の極みにある今、トップダウン的リーダーシップの有効性は高いように思えます。蠅叩き、虎退治の成果をどうか、思う存分発揮していただくよう、お願いする次第です。

敬具

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。