船上のメリークリスマス

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2014年12月24日

先日、とある知り合いの英国人と雑談をしていたとき、家を買ったから遊びに来てくれといわれ、家族全員で行こうと思い住所を聞いた。ロンドンの中心部から極めて近い場所に住んでいるとのことなので、ひょっとして凄いお金持ち?と思い詳細な場所の地図を見せてもらった。よく見ると、その場所はロンドンの新金融街であるカナリーワーフ近郊にあるドックランズの港の中。おかしいな?と思い良く聞いてみると、その家とは、長さ12メートル、幅3メートルの船であることが判明した。

英国では船上生活者は昔から存在しており、カナル(運河)など狭い水路用のナローボートと呼ばれる小型船で生活を送る人(高齢の年金受給者や、夢を追うオペラ歌手など)は、今でも一般的である。ただし、知り合いの英国人は、大学を卒業後、ロンドンの金融街にある一流企業に勤めている、いわゆるエリートだ。そのような彼ですら現在のロンドンの住宅価格は高すぎるのだ。

ロンドンの住宅価格はリーマン・ショックで大幅に値下がりした後に反転し、近年は過去最高値を更新し続けている。一般的に、10年間で2割値上がりしたら上がりすぎといわれている住宅価格が、たった1年でその水準を超えているのが現在のロンドンである。私が住んでいた東京では、1990年頃のバブル経済真っ盛り、近所の1LDKマンションが、7億円という破格な価格であったことに衝撃を覚えたが(現在はその10分の1以下)、現在のロンドンの住宅価格をたとえると、その当時のイメージそのものである。

また、なにも最初から好きこのんで船に住むことを決めたわけではない。ウェブサイトでロンドン市内の賃貸住宅を探していたとき、偶然見つけた格安物件が、たまたま船であったそうだ。将来、住宅価格が値下がりしたら家を買いたい希望もあるため、思い切ってエンジン付きの古い船舶を購入して生活を始めたそうだ。船を購入したサウサンプトンから、ロンドンに引っ越すために船舶免許を取ったそうだが、実際は住むだけであれば必要ないとのこと。水道は停泊中のドックに管理料(停泊代)を払えば全て無料(ただし自身で補給)。料金もカウンシル・タックス(日本でいう固定資産税)込みで、年間のマンションの管理費とさほど変わらないとのこと。1ヶ月の燃料代(電気代ともいえる)もほとんど掛からないため、格安で生活できるのがメリットとのことだ。ご近所さんで、子供が2人いる家庭では、船を2隻保有して生活しているそうだ。

来年はこの家で、フランスまでクルージングする予定とのこと。ただし、テムズ川には速度制限があり、10ノット(時速約20km)以上で飛ばすことはできないため、片道2日はかかる。ユーロスターにて2時間で行ける道中とは違い、ずいぶん優雅な旅となることは間違いない。当然、クリスマス用のデコレーションもばっちりで、ベランダ(デッキ)にはクリスマスツリーやサンタ(ロシア人なら、ジェット・マロースか?)も飾っているそうだ。“クリスマス休暇はどうするの?”と聞かれても、“船の上で過ごす予定”と答えられるため、コストを抑えつつ、イブからの準備も万全に見える。ロシア人ならユリウス暦(旧暦)を使うため1月7日が正式なクリスマスのため休暇も長く尚更ともいえる。一石(隻)二鳥とは正にこのことである。

来年1月には、ECBが国債等の量的緩和の導入に踏み切る観測が出ている。ドラギ総裁が12月の政策理事会の中で正式に打ち出した“ECBのバランスシートを1兆ユーロ拡大する意図”を実現するためには、国債を5,000億ユーロ規模で買い増す必要があるだろう。その量的緩和の余剰資金が英国にも流れこみ、資産価格浮揚が生じてさらなる住宅バブルも懸念されている。デフレスパイラルの恐怖に苦しむユーロ圏を横目に、英国の金融政策の舵取りは難しい局面にはあるが、市場関係者も船上でのクリスマスのような休息も必要といえるであろう。

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫