「いい風呂の日」とイノベーション

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2014年11月26日

  • 小杉 真

本日11月26日は「いい風呂の日」(日本浴用剤工業会が制定)である。風呂といえば、われわれ日本人には、まず銭湯(風呂屋)や温泉といった大きな浴場、湯船の像が浮かんでくるのではなかろうか。銭湯に関していうと、筆者はほとんど行く機会がなく、行政の広報誌に「菖蒲湯」や「ゆず湯」が銭湯での催しとして掲載されるのを見て「随分行っていないなぁ」と思うくらいである。

厚生労働省の統計によると、一般公衆浴場(※1)は平成元年には12,228施設あったが、毎年減少し続け、平成25年度末には4,542施設となっている。自家風呂の普及や一般公衆浴場の経営者の高齢化に伴う引退が主な減少要因のようだ。他方、一般公衆浴場以外のその他の公衆浴場は平成25年度末で22,038施設あり、この数はここ数年大きく変わっていない。こうした推移は、スーパー銭湯やサウナ、健康ランド、スポーツ施設に併設されている浴場が、一般公衆浴場にかわって、広い浴場・湯船好きに場所を提供していることを示していると考えられよう。

自家風呂がない時代に、銭湯や風呂屋は「日常生活における保健衛生上必要な入浴」を提供する目的で、社会インフラのように存在してきた。時代とともに居住環境が変化し、当初の目的での入浴のためだけに銭湯に出かける人は減少した。その一方で、食事や休憩、娯楽施設を併せ持つスーパー銭湯、健康ランドなどの大型浴場の出現によって、入浴はレジャーのひとつを構成するようになってきている。

P.F.ドラッカー「イノベーションと企業家精神」によると、イノベーションの機会としてのギャップは、(1)業績ギャップ、(2)認識ギャップ、(3)価値観ギャップ、(4)プロセス・ギャップに分類できるという。このうち価値観ギャップは、生産者が顧客の価値としているものと、顧客が本当に価値としているものとの間にあるギャップのことをいう。あらゆるギャップのうちで最も多く見られるもので、それゆえイノベーションを行う者が利用しやすいギャップである。「入浴」が、公衆浴場における保健衛生という点でのインフラにとどまらず、住環境の変化、人の欲求を的確に捉えて、娯楽・レジャーを提供するビジネスへと昇華していった点は「価値観ギャップ」を捉えた者によるイノベーションと考えられよう。

イノベーションというと、非連続な変化のみをイメージしてしまいがちであるが、こうした環境変化によって発生したギャップから地道に生まれているものも少なくはないのであろう。

(※1)入浴料金が公衆浴場入浴料金の統制額に関する省令に基づく知事の統制を受け、配置が条例による規制の対象にされている施設

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