新たな転換点を迎えようとする金融行政

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2014年11月17日

  • 菅谷 幸一

金融行政のあり方は、金融機関・金融システムを巡る局面の変化とともに見直され、時代の優先課題に応じてその姿を変えてきた。戦後の日本では、戦前の金融恐慌を教訓に、金融秩序の維持を目的とした、いわゆる「護送船団方式」の金融行政(※1)が長きにわたり運営されてきた。この間、金融システムが経済社会における安定基盤となり、日本経済は大型の企業倒産や大量の失業を防ぐかたちで順調に発展したといえる。しかし、1980年代後半に発生した資産バブルの崩壊後、1990年代後半に金融システム不安が生じると、経済全体が著しく不安定化することとなった。金融行政は、このような局面変化を背景に、そのあり方が見直されることとなり、それまでの護送船団方式からルール型(※2)へと転換された。その後、現在までに、不良債権の処理や自己資本の増強などが大きく進展したことで、金融機関の健全性は、不良債権問題が深刻化した当時よりも格段に改善している。

このように、いわば金融機関がミニマムスタンダード(=法令や検査マニュアルで定められた最低限の基準)を満たした状況にある中、近年、金融行政は新たな転換点を迎えようとしている。このような変化を特に見て取れるのが、2014年9月11日に金融庁より公表された、「平成26事務年度 金融モニタリング基本方針」である。この金融モニタリング基本方針は、2007事務年度から続く金融庁のベター・レギュレーション(金融規制の質的向上)に向けた取り組みの一環として、2013事務年度に金融検査のあり方が抜本的に見直された経緯を踏まえて、策定された。特徴的なのは、従来とは異なり、これまで別々に打ち出されてきた監督・検査の業務方針(監督方針および検査基本方針)が1つに統合されたことである(※3)。一本化されたことにより、今後の行政のあり方や当局のメッセージがより分かりやすく明確になったといえる。また、現状でも監督と検査が一体化しつつあるといえ、当局および金融機関の双方にとって、コストの軽減等が図られることが期待される。

では、今後、当局は金融機関に何を求めようとしているのか。今回の基本方針では、金融機関に対して、従来のミニマムスタンダードの遵守のみならず、今後はベストプラクティス(=より優れた業務運営)に向けた経営改善を「金融機関との建設的な対話」により促すとしている。つまり、基準達成という画一的な対応はあくまで前提条件となり、金融機関はそれぞれの状況に応じた事業・経営戦略を当局との意思疎通を通じて確立しながら、これまで以上の創意工夫・自助努力を重ねなければならないといえる。さらに、基本方針では、監督・検査の基本的な考え方として、「『好循環』の実現」を行政の軸に置くことを明記している。ここでいう「好循環」とは、金融機関が金融仲介機能の発揮を通じて経済の成長や国民生活の安定に寄与することが、ひいては金融機関自身の安定的な収益につながるとの意味で用いられている。一見すれば理想的とも思えるが、その理想の実現を個々の金融機関に強く意識・追求させることで、日本全体の金融の活力を高めようとする当局の意志の表れなのかもしれない。

(※1)護送船団方式の金融行政とは、船団を護送する際に全体の進行速度を船速が最も遅い船に合わせるということの比喩で、信用秩序を維持する観点から銀行倒産の防止を最重要の課題とし、銀行間の競争を制限する保護色の強い行政のこと。
(※2)ルール型の金融行政とは、自己資本比率規制や早期是正措置、金融検査マニュアルなどにより、事前に定めたルールに基づき、金融機関の健全性や透明性の確保を促す行政のこと。
(※3)ただし、金融商品取引業者等に対する検査は、証券取引等監視委員会が行うこととされており、監督方針のみが示されている。

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