2014年11月05日
セレンディピティ(英:serendipity)と言う言葉をご存じだろうか。ひとことで言うと、「意図せずして幸福を招きよせる能力」のことをいう。たとえば自然科学の領域ではよく、たまたま大発見を成し遂げた科学者がセレンディピティに恵まれた人とみなされる。科学読み物では、いつもは綺麗にフラスコを洗浄するのに、ある日それを怠ったことで、新しい化合物を見つけたといった話があるが、こういった話は当人のセレンディピティの証とされる。
さて現代の消費活動のキーワードはこの「セレンディピティ(の追求)」ではないかと考えている。インターネットの登場で、消費者が満足できる選択をするには、与えられた情報量が過剰になってきた。新古典派経済学が前提とするような、完全情報・取引費用ゼロの世界が実現しつつあると言えるのかもしれないが、この状態は消費者にとってむしろ居心地のわるいものだ。
実際、私たちには選択肢が多すぎると、逆に選べなくなるという傾向があるからだ。行動経済学はこれを「選択のパラドックス」として定式化している。大和証券のCMで、ベビーカーの例を出してこのパラドックスを経済学者が説明していたのをご記憶の方もおられるだろう。色とりどりの多種多様なデザインのベビーカーを20台以上並べたものの、売れ行きは芳しくなかったが、3台程度の台数に絞り込んで展示してみると、逆に売れ行きがよくなったというCMである。
無限の選択肢が目の前にあり、その中でやはり自らが何かを選ばねばならないとき、どうなるか。人はその選択に費やした時間の割には簡単に、選択は運命的なもので、好ましいものを引き当てたと考える傾向がある。行動心理学の方ではこれを認知的不協和の一つ、「決定後の不協和」と呼んでいる。
さらに運命的な選択を通じて、実際に手元に届いたモノ・サービスが気に入ったとしよう。その時、消費者は自分のことをどう思うか。自分は偶然から幸福を招きよせる力がある、と考えるようになる。これらの消費者を「セレンディピティ消費者」と名付ける次第である。
セレンディピティ消費者は次にどういう行動をとるだろうか。気に入ったモノ・サービスは自分のセレンディピティの証なのでどんどん紹介する。これまで口コミを提供する側のインセンティブは今まであまり言及されていなかったように思うが、自分のセレンディピティの強さを誇るのが動機だと考えると、彼ら彼女らが熱心に商品を褒めるのも納得がいく。
重要なのは、これらセレンディピティ消費者はお互いに影響し合って口コミのサイクルを拡大していくことだ。「届くまで不安だったけれど、ほかの方のレビューにもあった通り大満足でした、リピ(=リピート、反復購買のこと)します。」と二次的、三次的にセレンディピティ消費者のプラスの連鎖が続いていく。EC(電子商取引)サイトやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)等における口コミが好例である。
一方、裏切られたと思った場合のこれらセレンディピティ消費者の怒りは大きい。彼ら彼女ら自身の自己評価をおとしめるものだからだ。いきおい口コミによる負の連鎖が始まる。お金だけの問題ではないのだ。
そうはいっても消費財を扱う企業にとって、若干バイアスがかかっているとはいえ、セレンディピティ消費者は「いいものはいい」ことを広めてくれる貴重なインフルエンサーである。セレンディピティを期待すること自体が良いとか悪いとかではなく、そういう消費者像が現れたということを受け容れて、企業は、口コミと仲良くつきあっていかなければならない。そして一人でも多くの消費者の幸運なめぐりあわせの夢をかなえること、これが大事になってくる。
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データアナリティクス部
コンサルタント 江藤 俊太郎