アメリカの救急車は有料

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2014年06月18日

  • 笠原 滝平

先日、オフィスの目の前の高速道路で事故があり、まず消防車とパトカーが数台来たのが見えた。そして、時間がだいぶ経ってから救急車が到着した。幸い大きな事故ではなかったようだが、救急車の到着が遅かったことに違和感を覚えた。日本では電話で警察を呼ぶときは「110」、救急と消防は「119」と分かれているが、アメリカでは緊急連絡が「911」に統一されている。警察、消防車、救急車を呼ぶ場合はとりあえず「911」に電話をかけ、状況を説明して必要な対応が判断されるシステムになっている。

その中でも救急車が出動する救急医療サービス(EMS)は少し異質であり、民間やボランティアの活動も活発で、大部分の大都市で民間の病院などがサービスを提供している(※1)。ニューヨークでも、個別の病院名を冠した救急車がサイレンを鳴らして走っているのをよく見かける。救急医療サービスは原則として利用料を支払う必要があり、公的サービスか、民間の病院かによっても金額は異なる。特に、民間は金額もまちまちで、いくら請求されるかもわからないことが多いようだ。

アメリカはもともと国民皆保険制度がなく、医療保険は高齢者や低所得者などを対象とした公的医療保険を除いて民間の医療保険に頼るところが大きい。これまで、多くの民間医療保険は救急医療サービスを保険の適用対象外としてきたとされ、患者は高額で不確定な請求が来るのを怯えながら待たなければならなかった。

しかし、医療保険制度改革(通称オバマケア)によって2013年に開設された保険取引所では、取り扱う保険に最低限の保険対象を規定しており、救急医療サービスもその規定に含まれている。プランによって自己負担で支払う金額が異なるが、少なくとも、保険が適用されると支払う金額は下がり、一回救急車を呼べばいくらかかりそうかの大まかな想定もできるようになるだろう。オバマケアによって、これまで緊急の助けが必要にもかかわらず金銭的理由によって救急車を呼べなかった人が減ることが見込まれる。

必要な人が必要なサービスを受けやすくなるのは良いことだ。しかし、支払う金額が下がったことから軽微な症状でも救急医療サービスの利用が増える可能性がある。金額の多寡が全ての理由ではないだろうが、たとえば、一般的に救急車の利用が無料である日本では、2008年の救急車による搬送人員数のうち、約半数が軽症であったとされている(※2)。軽微な症状でも救急車を利用することによるコストなどの負担の行方、規模は不透明で、真に緊急を要する人の利用に差支えがあるかもしれない。

オバマケアによってより多くの人が適切な医療サービスを受けられる国になるためには、金銭的制度設計だけでなく、利用に関する教育や供給体制の整備なども同時に行う必要があるだろう。

(※1)American Ambulance Association“Ambulance Facts
(※2)総務省消防庁「救急車の適正な利用について」

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