監査報酬の額とコーポレート・ガバナンス

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2014年04月01日

  • 原田 英始

日本公認会計士協会は3月10日に「2014年度版 上場企業監査人・監査報酬実態調査報告書」(監査人・監査報酬問題研究会。以下「報告書」とする。)を公表した。これは2012年度における日本の全上場企業の監査人及び監査報酬に関する有価証券報告書記載情報に基づく実態調査結果をまとめたものであり、日本における上場企業の監査の実態を明らかにすることを目的に2007年度から継続的に行われている調査・研究である。本稿では「報告書」におけるデータをご紹介するとともに監査報酬の額とコーポレート・ガバナンスについて考えてみたい。

監査報酬の傾向と日米比較

①監査報酬の減少傾向は継続

「報告書」によると、全上場企業の監査報酬の平均は2011年度の60.55百万円から2012年度は60.54百万円となっている。監査報酬が非常に高額なアメリカのSECに登録している企業を除いた場合、2011年度の50.69百万円から2012年度は50.36百万円となっている。内部統制監査及び四半期レビューが導入された2008年度には監査報酬の大幅な増大が見られたが、その後は減少傾向が継続している。

②日本企業の監査報酬の平均はアメリカの約1/4

「報告書」では、ニューヨーク証券取引所、アメリカン証券取引所またはNASDAQにおいて株式が公開されている企業の監査報酬データの分析がなされている。これによると、アメリカの分析対象となった企業の監査報酬の平均が214.45百万円(便宜上1ドル=100円として換算)なのに対し、日本企業(3月決算企業に限る)の監査報酬の平均は56.53百万円であり、対アメリカ比は26.36%となっている。2011年度はアメリカ企業210.90百万円、日本企業は56.65百万円、対アメリカ比は26.86%であったため、2012年度は日米の監査報酬の格差が更に広がった結果となっている。「報告書」ではこの分析結果を受けて、「監査報酬の適正な水準は容易に判断することはできないとはいえ、アメリカに比べて監査報酬の低廉な状況は顕著であるように思われる」としている。

監査報酬概論

監査報酬は基本的には担当監査人の1時間当たり報酬に監査時間を乗じた変動費に、監査法人や会計事務所の固定費を加えて算定される。担当監査人の1時間当たり報酬は監査法人等における担当監査人の職階(シニア、マネージャ、シニアマネージャなどの区分)によって変動し、監査時間はクライアントの規模によって変動する。また、固定費の内容は監査法人等の運営経費等であり、組織が大きい大手監査法人は必然的にこの固定費部分の金額が大きくなるため、クライアントの規模や監査資源の投入量が同程度である場合、中小監査法人等よりも監査報酬は高くなる傾向にある。

監査報酬は企業にとっては収益に貢献しない純然たる「コスト」との考え方がいまだに根強いため、大多数の企業にとってはなるべく低く抑えたいというのが本音であろう。監査人側が提供する付加価値は「財務諸表の信頼性の担保」であると一般的には言われるが、例えば、「○○監査法人が監査を担当している会社の売上は監査のおかげで前年比X億円も増えた」、「△△監査法人が監査を担当した会社の株価は監査のおかげで前年比Y円も上昇した」というようにその付加価値を数字で表現することは極めて困難であり、監査サービスの付加価値自体が非常に漠然とした概念である。クライアント側は大きな会計制度変更で監査工数の大幅な増加が見込まれない限りは監査報酬のアップには極めて消極的であり、監査人側も大幅な監査報酬の値上げはクライアントを喪失するリスクが高まるため、それをやむを得ず受け入れてきたのが実情であろう。結果として前述のようにアメリカと比較した場合、同じ監査サービスを提供しているのにその対価として受け取る額が相対的に小さくなってしまっているのではないだろうか。

監査報酬と社外取締役の関係

「報告書」では、監査報酬と社外取締役の人数の間に関連性があるという興味深い実証分析結果が紹介されている。実証分析によると、社外取締役の人数が平均(1.10人)以上の企業は、その人数が平均未満の企業に比べて多くの監査報酬を支払っているのだという。この実証分析は、自発的に社外取締役を導入しており、かつその人数が平均以上である企業はコーポレート・ガバナンスに積極的な企業とみなすことができ、選任された社外取締役はコーポレート・ガバナンスに大きな関心を有し、企業不祥事に対して牽制・監督することを株主から期待されるため、たとえ監査報酬を高くしてでも企業内における不祥事の発生を防止・発見し、株主の利益を保護することを指向するため、外部監査人に正当な監査報酬を支払うだろうという想定に基づいており、監査報酬と社外取締役の人数の間にある程度の関連性があることを証明したものである。

監査報酬の多寡とコーポレート・ガバナンス

「コーポレート・ガバナンスに対する意識が高い会社は相対的に監査報酬が高い」という仮説に対して、一定の相関関係が示された実証分析結果が提供されたが、それでは監査報酬が高い企業ではコーポレート・ガバナンスが有効に機能して不正が起こらないのだろうか。これについての答えは「NO」と言わざるを得ない。前述した監査報酬の算定方法を参考にすれば、監査報酬が高い=監査時間が長いということになるだろうが、たとえ監査時間が長くても、その時間が長いことをもって不正を発見できるとは必ずしも言えないからである。例えば、近年においてオリンパスや大王製紙で起きた不正は監査時間がもっとあったら摘発できたというものではなかった。どちらの企業もそれなりの監査報酬を外部監査人に支払っていたし、オリンパスでは社外取締役が選任されていたが、それでも不正は起きた。企業が不正を起こす場合は、企業を取り巻く経済情勢などの外部環境や組織風土、企業文化などの内部環境が強く影響するし、本来、企業の業務の適正性を確保するための仕組みである内部統制を、設定者である経営者自身が無効化してしまうケースも多い。前述の実証分析結果から確かに監査報酬が高い企業はコーポレート・ガバナンスに対する意識が高いのかもしれないが、それだけでは企業の不正を防ぐことはできない。

大型の企業不正が明るみに出たことにより、公認会計士監査が有効に機能していないのではないかという社会からの批判が強まったことを受けて、2013年には「監査における不正リスク対応基準」が企業会計審議会から公表された。これは公認会計士監査の実効性を高めるために、不正リスクに対応した監査手続を明確化したものである。また、ごく近い将来に社外取締役の設置を義務化することを視野に入れた会社法改正案が示されており、これには社外取締役を選任しない場合は社外取締役を置くことが相当でない理由を株主総会で明らかにすることが盛り込まれており、現行の制度をさらに厳格化したもので、明文化こそされていないものの、社外取締役の設置を事実上義務化するものとなりそうだ。

このようにコーポレート・ガバナンスに関する制度はより強化されつつあるのが現在の潮流である。規制強化に対してはコスト増などで企業の競争力を削ぐといった視点での反対意見もあるだろうが、強化されたコーポレート・ガバナンスの仕組みのもとで不正を防止することが、長い目で見れば、企業の収益力や競争力を向上させ、資本市場からの信頼を得て、結果的には企業価値の増大につながるということを十分に理解する必要があると考える。

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