公的年金改正論議の本格化を控えて

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2003年12月03日

  • 柏崎 重人

総選挙が終わり、いよいよ公的年金改正の具体案作りが本格化しようとしている。今般の改正では、「公的年金財政の破綻回避」、「公的年金不安を如何に除去するか」などいくつかの重要なポイントが指摘できる。特に国民における公的年金不信には根強いものがあり、その払拭は焦眉の急といってよいだろう。ところで、ここまで公的年金改革が大きな問題として取り上げられるようになった理由は何なのだろうか。少子高齢化が背景にあるのは言うまでもないが、他にも見逃せない重要な視点がある。

過去からの厚生年金保険料率推移を考えてみよう。厚生年金が現在の姿になった1955年時点で保険料率は3.0%であった。2002年では17.35%だから、この約50年で約6倍の水準に増加していることになる。水準が6倍になったのだからこの50年間はずっと保険料負担の重さが問題視されてきてもおかしくない。しかし、大きく負担の問題が取り上げられるようになったのは、せいぜいここ10年程度の話で、それまでは年金財政懸念が叫ばれるほど問題視されてこなかった。一体なぜなのか?

(当たり前の話かもしれないが)1980年代まではそれまでの経済成長率が保険料率の上昇を上回って伸びてきたから、それほど問題が深刻化しなかったと理解することができる。因みに過去50年間の実質的な経済規模は12倍強にまで膨れ上がっている。保険料負担が6倍になっても経済成長の半分程度だから、大きな不満が出にくかったわけだ。もっとも、ここ10年程度を見ると、保険料負担が40%程度増加している一方で、経済規模は12%程度しか増加していない。これが近年の保険料負担上昇に対する各方面からの批判につながっている。

こうして見れば、公的年金改革に当たって重要なのは、経済成長と整合的な、少なくとも成長を阻害しないという視点にあるといってよい。経済成長を実現できれば、保険料を上昇させることも現在の給付を維持することも容易になるに違いない。

問題は、経済成長を促すことと整合的な具体的な制度改正とは一体何なのかという点だろう。今回の改正では具体的レベルで「国庫負担の引上げ」、「保険料率の引上げ可否」、「将来の最高保険料水準」、「年金制度の安定性確保」など様々な論点があるが、これらひとつひとつと経済成長との関係を考えることが重要だ。

例えば、「保険料率の引上げ」はリストラクチャリングなど足元の企業における経営努力を水泡に帰させる可能性が高いため極力回避されるのが望ましいと言えるだろう。一方、財政の健全化に向けた改正を実施して公的年金制度の不安を解消しなければ、国民は貯蓄に偏り消費を抑える結果を招く懸念がある。両者はある意味で二律背反の関係にあると言えるが、ポイントはどちらを優先順位として高位におくかということにある。保険料引上げを止め、給付減額を実施すれば、企業収益回復の実現→所得の増加→若者中心に消費は増加という道が開かれる可能性がある。一方、不十分な給付に備え、退職時期が近い世代や受給世代は消費の抑制に走る懸念が出てくる。この場合、どちらの消費水準が高いかなどが判断基準の一つになるのかもしれない。今後の議論の行方に大いに注目である。

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