A Strategic Mind

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2003年11月26日

  • 山下 真一

人あるところにゲームあり。ゲーム理論はその誕生以来、軍事戦略から恋の駆け引きまで、応用されていない分野を探すのが困難なほど幅広い分野へ適用されてきた。近年では、コーポレートファイナンスの分野において事業価値評価の新しい手法として、ゲーム理論の応用が注目されている。

従来、代表的な事業価値評価法として正味現在価値法(以下NPV法)が用いられてきた。コーポレートファイナンスの教科書が必ず教えるこの手法は、例えば収益の見通しが不明でありもう少し投資時期を延期して様子をみるといった、現実にありうる決断を評価することができないという点で限界がある。リアルオプションアプローチ法(以下ROA法)はこのようなNPV法の限界を克服する方法として登場した。上述した例は延期オプションといわれているものであり、アメリカンコールオプションのアイデアを応用したものである。ROA法は事業計画の柔軟性を評価することができるので、よりビジネスの現場に近い感覚で投資意思決定を支援することができる。ROA法を適用した有名な事業例として、油田開発やIT投資、新薬開発事業等がよく知られている。

ところがROA法にも弱点があり、特に競合する他社が存在する場合を分析できないことが指摘されている。実際、新製品の市場性が不確実だからといって状況を見ている間に競合他社による製品が市場を制してしまい、自社の優位性が失われてしまう先手有利な状況はビジネスの現場では日常茶飯事である。また、競合他社が低価格戦略をとれば、消費者はより安い商品やサービスを求めるため、自社の収益は確実に低下するであろう。すなわち、意思決定主体を単一としている現段階におけるROA法は、契約や制度で保護されているもしくは独占市場である場合を除き、事業価値を過大評価してしまう危険性があるのである。ROV法が実社会で使い物になるためには、利害関係があり競合している他社や消費者といった複数の意思決定者が存在している時における最適行動とは如何なるものか、ということを考慮に入れる必要がある。つまり、戦略的思考によりROA法を補完することが必要なのである。

このような困難を克服するために、ゲーム理論をROA法に応用する研究が始まっているのである。実際に、ゲーム理論とROAは驚くほど類似した構造を持っていて、ゲームを表現する形式である展開形表現はオプション理論のツリー表現、ナッシュ均衡は最適化、とほぼそのまま読み替えることができるのである。これまでにいくつかの理論的研究が試みられていて、先に挙げた即時参入か待機かを決断したい状況に対しては、事業価値の大きさや収益の不確実さ、競合他社との優劣関係等の条件によって、最適な投資意思決定を下す方法が示されている。しかし現状では、多くの研究は数値例を示すのみに止まっており、包括的な分析をおこなうフレームワークはまだ得られていない。ROA法とゲーム理論との融合はコーポレートファイナンスの至上命題であることには間違いはなく、今後の研究の発展が期待されている。

注)
ゲーム理論:利害関係のある複数の主体が関わる戦略的な意思決定問題を、数学的に記述する分析手法。 NPV法:事業から将来に期待できる収益を資本コストにより現在価値に割引いたものから投資額を差し引き、事業価値を分析する方法。 ROA法:事業の投資意思決定者に与えられている選択権(例えば、事業の開始時期に関する選択権)の価値を金融派生商品理論により評価し、事業価値を分析する方法。

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