「真実の先」で直面する二つの現実

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2017年02月21日

  • 小林 俊介

1月20日、満を持して遂にトランプ氏が第45代米国大統領に就任した。同氏の大統領選勝利以来、政策公約への「期待」から金融市場はラリーを続けてきたが、今後は「期待」ではなく「実現」に向けた動静へと関心が移行していくことになる。そしてこのテーマシフトが進む中、世界は徐々に今まで見落としてきた(あるいは、故意に目を背けてきた)現実-ないしは、不都合な真実-に直面し始めている。

その一つが、「米国が財政政策を行って世界に需要をもたらすのではなく、世界から徴税することで米国の需要を創出する」という現実だ。国境税調整の議論をはじめ、米国で議論が活発化している税制改革の方針は、端的に言えば、諸外国に対する関税と米国企業の海外留保課税の強化と、それらを財源とした国内法人・個人所得税の引き下げだ。そしてこの税制改革の目的は、米国内の需要と雇用の創出にある。換言すれば、ゼロサム(ないしはネガティブサム)の世界の中で、米国が需要の取り分を奪う構図を目指すものである。この構図は、よりプリミティブな形で、多国籍企業を対象とした「トランプ砲(ツイッターによる指先介入)」にも象徴されている。一方、金融市場で期待されてきた巨額のインフラ投資プロジェクトについては、ムニューチン財務長官や議会共和党が示している民間資金活用方針を踏まえると、真水の規模は期待できそうにない。一部報道によれば米国以外の国の政府が同プロジェクトをファイナンスする案も出ているとのことであるが、いずれにせよ、米国による財政拡張の恩恵が世界にスピルオーバーするという構図ではない。

もう一つの現実は、おそらくトランプ政権にとって単純な経済合理性は二の次、三の次でしかないということだ。トランプ政権が世界の繁栄を犠牲にして米国を優先する理由は、経済的というよりも政治的だ。一つの理由は、頻繁に指摘されることだが、内政問題-すなわち国内に鬱積した不満に対応する必要性が、政策方針をポピュリズムに走らせている。もう一つの理由は見落とされがちであるが、外交問題-すなわち米国覇権に挑戦しうる存在として台頭してきた中国への対応だ。安全保障を考える上では、「絶対水準としての」経済的繁栄よりも、「相対的な」経済力・軍事力の向上が肝要となる。より平易な喩えを出すと、カネよりも命の方が大切(命あっての物種)であるし、Butterに多く恵まれた者は幸福かも知れないが、その者がGunを持たざれば持つ者に命ごと奪われる危険を排除できない。従って、中国の台頭を抑制し、米国の優位性を維持することは当然にして至上の課題なのである。その手段の一つとして経済政策が用いられるのであり、覇権の維持という最優先課題に向けた最適解の一つが、前述したような「関税と減税」の組み合わせなのだろう。

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