ESGニュース
長期的投資を促進するための処方箋?

2012年8月3日

環境調査部 鈴木 裕

長期的投資の実現を阻む壁が何であり、それを取り去るための方策が何であるかについてあまり説得力のない様々な見解があることは、前稿(※1)で紹介した。長期的投資の具体的内容が不明であるし、また、仮にそれが実現されていないからと言ってどのような不都合があるかも明確でないことから、長期的投資を促進すべしとする見解は根拠不十分に思える旨を記したものである。

前稿をウェブサイトに掲載して2週間ほど後に、再び長期的投資を実現するための処方箋が公表された。英国ビジネス・イノベーション・職業技能省(Department for Business, Innovation and Skills)がLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)のJohn Kay教授に依頼して執筆されたこのレポートは、Kay Review(※2)と呼ばれており、概ね好意的に迎えられたようである。これだけ繰り返し長期的投資の実現に向けた提言が出されているとなると、長期的投資の意味や必要性がよくわかないというのは、筆者の理解が足りないから反省しなければならないと思い、Kay Reviewに目を通してみた。詳しくはKay Review本文を参照されたいが、読後の今でも長期的投資なるものは、筆者にとって謎のままである。

Kay Reviewは、英国株式市場のあり方が英国上場企業の長期的業績に及ぼす影響を研究するというものである。前稿で紹介したOECDが長期的投資の事例としてインフラや温暖化対策を挙げ、そうした分野に民間資金を導入するための政策提言であったのとは、随分問題意識が異なっているように思える。英国企業が経営破綻したり、様々な不祥事を引き起こし企業価値が減じたりした事例をいくつも指摘し、その原因の一端を株式市場の短期志向(short-termism)にあるのではないかと示唆している。投資家は、企業との対話を行ってきたが、目的を株価動向に置いた対話であり必ずしも良質の対話ではなかったという。投資先企業に不満のある投資家は、保有株式を売却(Exit)するか、保有を継続して経営陣と対話する(Voice)かの二つの選択肢があるが、英国株式市場では、VoiceよりもExitに力点がおかれていたため、Voiceは表面的で低質であったことが問題だと結論している。

英国株式市場が短期志向に陥った主な原因は、資産運用業界におけるインセンティブ設計の不整合によって、信頼関係が損なわれているからであるとKay Reviewは分析している。たとえば「最終投資家(投資信託購入者など)」→「投資信託会社(運用会社)」→「信託受託会社」→「証券売買仲介会社」→「決済会社」などを経由する中で、様々なコストが生じるが、こうしたコストを大きくすることは、一方で業者のインセンティブとなっており、最終投資家の利益の最大化が損なわれる恐れがあるという。委託者と受託者の間にあるエージェンシー関係の連鎖を言っているのであれば目新しさのない問題提起に見える。

長期的投資を英国株式市場に復活させるための方策としてKay Reviewは、17項目を挙げているが、The Stewardship Code(受託者責任規定)を実効あらしめるとか、短期的視点から距離を置くようにするなど曖昧なものが少なくない。比較的具体性がありそうな提言としては、

  • 集団的エンゲージメントを行う投資家フォーラムを設置する。
  • M&Aの規模や効果について慎重な検討を行うプロセスを作る。
  • 取締役の選定について長期的株主に諮問する。
  • 運用会社は、成果連動報酬などを含む全ての運用コストを開示する。
  • 貸し株による収入を開示し、最終投資家に還元する。
  • 運用会社の四半期報告義務を撤廃する。
  • 簡潔で良質な叙述的(narrative)情報開示を強く推奨する。
  • 規制当局は特定のバリュエーション指標やリスク指標を明示的または暗示的に提示するのではなく、十分な情報に基づく判断を行うよう推奨する。
  • 会社の取締役報酬は、長期的業績に連動するよう構築する。
  • 運用会社の報酬は、顧客の利益と投資期間に応じて構築する。
  • 政府は、個人投資家が株式を直接的に電子登録によって低コストで購入できる手段を講じる。

といったものである。これら総合的な政策を進めれば英国株式市場に長期的投資が復活し、企業が栄え、もって最終投資家の利益が増大するという。運用会社の収益源を明らかにすることで、運用会社がどのようなインセンティブに基づく行動をとるかわかりやすくなることは、確かで、運用期間に応じた成果連動型報酬が最終投資家と利害を一致させると期待されることもその通りだろう。しかし、仮に投資家の運用期間なるものが10年であるとすると、その間の運用報酬はどのように算定するべきなのか。また、運用期間が1年であるという投資家がいたとすれば、その投資家は短期的投資を行うことになるだろうが、それは長期的投資とどのような違いが出てくるのだろうか。様々な疑問が湧き起こってくる。

企業の現在価値は、将来の利益やキャッシュフローの割引計算によって決まるのだから、10年先の利益を損なう経営判断があれば、直ちに現在価値が下落するはずだ。もし企業経営者が「あとは野となれ山となれ」と思っていたとすれば、そのような判断は、市場の評価を通じて現在の価値を変動させてしまうのではないか。短期と長期は別個独立のものではなく、連続していると考えなければなるまい。

エージェンシー・コストの縮小を目指して、経営者と株主の間や、運用会社と最終投資家の間にある情報の非対称性を解消したり、エージェントとプリンシパルの利害の不一致を緩和したりするための政策オプションというのであれば、幾つか賛成しにくい事項はあるものの、Kay Reviewに大きな違和感はない。エージェントである企業経営者や運用会社が自己の利益を優先させようとする機会主義的行動は、あり得ることだ。しかし、長期的な判断を意図的に誤ることで経営者や運用会社が私的利益を手にし得るという状況は、想像しにくく思える。事後的に見れば市場の長期的動向を見誤るなどによって、企業が破綻したり、競争力を失ったりという事例や、運用会社の受託資産が損なわれるという事例も珍しくない。筆者にとって首肯しがたいのは、その判断の誤りが、何らかのインセンティブによって系統的に起こされているという問題の立て方である。

(※1)「長期的投資を阻む壁?」2012年7月6日付ESGニュース
(※2)「THE KAY REVIEW OF UK EQUITY MARKETS AND LONG-TERM DECISION MAKING

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