サマリー
◆ドル/円レートは過去最高値に近いものの、実質実効為替レートでみれば95年に比べてなお3割程度安い水準にある。一方、製造業の経営者のコメントに目を向けると、これ以上円高が進めば工場を海外へ移転せざるを得ないといった強い危機感を持っている。実質実効為替レートが示していることと経営者との温度差は何を意味するのだろうか。
◆実質実効為替レートが過去最高値から3割程度安い水準にあるのは、製造業の単位労働コスト(ULC)が相対的に低下してきたためである。輸出関連業種を中心に、幅広い業種でコスト削減の企業努力を行ってきた結果と言える。ULCの低下は名目賃金の伸びを労働生産性上昇率以下に抑えられたためで、他の先進国は抑えられていなかった。さらに製造業のULCとCPIの変化率の関係をみると、製造業のULCの伸びが低下するとCPIの伸びも低下するという関係がある。日本のCPIの伸びはULCからみたCPIの伸びよりも低く、唯一デフレに陥った。その理由を企業活動の特徴に注目すると、製造業のいびつな販売形態によって雇用者報酬が減少したことが挙げられる。
◆長期的にみれば、コスト削減の企業努力によって価格競争力を高めても、その後円高が起きて調整される。コスト削減努力を続けてきたことは、内需低迷とデフレの一因となり、それが企業の体力を奪っていったが、同時に得られた価格競争力を円高によって失ってしまうと、あとに残るのはマイナス要因だけである。リーマン・ショックをきっかけに、均衡水準を上回っていた価格競争力は名目実効為替レートの円高によって急激に調整された。企業経営者にとっては、これまでやってきたコスト削減の企業努力が突然の円高によって奪われ、残ったものは体力の低下と内需低迷、そしてデフレであった。ここから一層のコスト削減の企業努力を行うのはさらに難しくなる。経営者の強い危機感はこうした状況を表しているのだろう。
◆こうした悪循環を断つカギは、製造業の名目GDPが増加する形で実質GDPを成長させることである。名目GDPを増加させることを他の先進国はできて日本だけができないことはないだろう。名目実効為替レートが円高へシフトした今こそ、企業努力の方向を大きく転換させることが必要である。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
執筆者のおすすめレポート
-
日本経済中期予測(2012年1月)
シンクロする世界経済の中で円高・電力・増税問題を乗り切る日本経済
2012年01月23日
-
財政を維持するには社会保障の抑制が必要
社会保障の抑制幅が増税幅を決める
2010年12月21日
-
高齢社会で増える電力コスト
効率的な電力需給システムの構築が急務
2012年04月09日
-
電力供給不足問題と日本経済
悲観シナリオでは年率平均14兆円超のGDP損失経済社会研究班レポート - No.3 -
2011年07月13日
-
失業リスクが偏在する脆弱な雇用構造
雇用構造がもたらす必需的品目の需要増加と不要不急品目の需要減少
2012年08月10日
-
超高齢社会で変容していく消費
キーワードは「在宅・余暇」「メンテナンス」「安心・安全」
2012年08月10日
-
再生可能エネルギー法と電力料金への影響
電力料金の上昇は再生可能エネルギーの導入量と買取価格次第
2011年09月02日
-
ドル基軸通貨体制の中で円高を解消していくには
ドル基軸通貨体制は変わらない。長い目でみた円高対策が必要
2011年12月13日
同じカテゴリの最新レポート
-
2025年9月消費統計
衣料品など半耐久財が弱く、総じて見れば前月から小幅に減少
2025年11月07日
-
人手不足下における外国人雇用の課題
労働力確保と外国人との共生の両立には日本語教育の強化が不可欠
2025年11月06日
-
消費データブック(2025/11/5号)
個社データ・業界統計・JCB消費NOWから消費動向を先取り
2025年11月05日

