サマリー
◆英国への移民は1994年以降、一貫して純流入となっている。特に2004年以降は年平均24万人の移民純流入があり、それ以前の10年と比較して倍増した。かつて大英帝国と言われた英国には、旧植民地のインド、香港、中近東、アフリカなどの出身者が多数居住しているが、近年の移民増加の背景には労働党政権(1997年~2010年)による移民政策の転換に加え、EU新規加盟国の急増があった。
◆労働党政権はIT技術者、医師、看護師などの不足を解消しようと約30年ぶりに移民規制の緩和に動いた。その際、高技能人材は積極的に受け入れるものの、未熟練労働者や不法就労移民の入国は制限する方針が採用された。ところが、この政策とEU拡大期(2004年に10か国、2007年に2か国が新規加盟)が重なったことで、英国への移民流入は政府の意図を超えて急増した。英語圏で、所得水準が高く、労働市場の柔軟性が高い英国は、東欧諸国からの移民にとって魅力の高い移住先となったのである。
◆しかし、英国経済は2008年半ばから、不動産バブル崩壊に世界的な金融危機も加わってリセッションに陥り、失業率が急上昇した。2010年に誕生した保守党と自由民主党の連立政権は、移民流入を規制する政策に転じた。ただし、EU域内からの移民に関しては、「人の移動の自由」を保障しているEUの基本原則に抵触するため、これまで積極的な規制は実行できていない。
◆この状況下で、EUの移民政策を批判し、移民を減らすためにも、英国はEUから離脱するべきと主張するUKIPが急速に支持を伸ばしている。2014年5月の欧州議会選挙では英国第1党に躍進し、その後、英国下院で初の議席も獲得した。2015年5月の英国議会選挙でUKIPが第3党となって、連立政権樹立のためのキャスティング・ボートを握る可能性があることは、支持率低下に悩むキャメロン首相にとって脅威となりつつある。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
執筆者のおすすめレポート
-
【移民レポート9】フィリピン:海外送金のメリットとコスト
消費拡大VS人材流出
2014年11月20日
-
【移民レポート8】中国:注目される投資移民と深刻な裸官問題
海外逃亡を図る腐敗幹部
2014年11月20日
-
【移民レポート7】インド:世界最大の移民送出国
出稼ぎ労働者からIT技術者まで
2014年11月20日
-
【移民レポート6】オーストラリア:多文化主義国家の移民政策
時代に応じた制度改正で移民受け入れ成功例に
2014年11月19日
-
【移民レポート5】カナダ:移民受け入れ先進国が直面する問題
移民は経済・人口問題を解決できるか
2014年11月19日
-
【移民レポート3】ドイツ:移民政策転換から15年
高技能移民の積極受け入れと長期居住者の社会適合は道半ば
2014年11月18日
-
【移民レポート2】米国:国際的なヒトのモビリティの中心地
卓越した人材獲得競争力
2014年11月18日
-
【移民レポート1】日本の移民問題を考える
海外の事例を踏まえて
2014年11月17日
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
米GDP 前期比年率+2.8%と加速
2024年4-6月期米GDP:内需主導での堅調さを維持
2024年07月26日
-
監査・ガバナンス強化へ回帰する英国
昨年撤回した監査強化方針を復活し、ガバナンス・コードも厳格化へ
2024年07月25日
-
女性がキャリアを築ける職場ほど、子どもを持ちやすい
健保組合ごとの被保険者・被扶養者の出生率と、その要因の多変量解析
2024年07月24日
-
GX経済移行債に期待されるインパクトレポーティング
~GXの理解醸成促進に向けて~『大和総研調査季報』2024年夏季号(Vol.55)掲載
2024年07月24日
-
盛り上がりに欠ける英国の政権交代
2024年07月26日
よく読まれているリサーチレポート
-
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
-
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
-
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日