サマリー
◆65歳までの雇用確保を企業に義務付けた「高年齢者雇用安定法」の改正は、60~64歳階級の高年齢者の労働力率を引き上げ、失業率を低下させるなど、一定の成果を上げている。ただし過半の企業が「再雇用制度」によって対応し、雇用延長に当たって賃金を大幅に引き下げるといったケースが多く、これが高年齢者の就業継続インセンティブを阻害している可能性がある。とはいえ、年功賃金がもたらす「賃金>生産性」を終わらせる役割を担ってきたのが60歳定年制であり、企業とすれば定年延長や定年廃止によって中高年者の雇用確保を図ることは難しいのが現状であろう。
◆比較的勾配の大きい年功カーブ自体は欧州にも存在し、日本特有のものとは言えない。日本の問題は、長期雇用を前提とした雇用形態の下で、その時々の賃金と生産性のマッチングを図ることがそもそも難しく、結果的に、賃金と生産性の乖離が長期雇用の中で蓄積されてしまう傾向が強いことにある。定年制や「再雇用制度」の問題の一つは、賃金と同等かそれを上回る生産性を上げている被雇用者の就労インセンティブを低下させ、非労働力化する可能性があることであり、こうした社会的損失が高齢化の進展に伴って拡大することが懸念される。
◆従って、望まれるのは、「職務対応型」雇用形態の普及を通じ、各被雇用者のそれぞれの時点での生産性と賃金の乖離を縮小させることである。これは各人の労働力としての評価に、一定の客観性、一般通用性を付与し、外部労働市場を活性化させる契機ともなろう。ただし、従来型の長期雇用を全否定することは適当ではない。長期雇用は企業が企業内人材育成を重視する根拠となっており、外部労働市場がこれを代替することは難しいためである。外部労働市場が担うべきは需給のマッチング機能を通じて、企業の枠を超えた適材適所を促進し、労働市場全体の生産性を向上させることである。
◆職務対応型雇用形態の普及によって、同一労働・同一賃金的な考え方を制度化することがより容易になるとも予想される。重要なことは、働き方の選択肢を増やす中で、高年齢者の就業継続インセンティブを高めることである。生産性と賃金の乖離の縮小は、高年齢者の雇用確保に当たって、定年年齢の引き上げ、或いは定年制の廃止を選択する企業を増やすことにもなろう。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
執筆者のおすすめレポート
-
高年齢者雇用レポート⑧イタリア:消えゆく年金天国
制度改革が国民の就労意識の変化をもたらすか
2015年07月15日
-
高年齢者雇用レポート⑦フランス:根強い早期引退文化
高齢者の就業促進政策へ舵を切るが、道半ば
2015年07月15日
-
高年齢者雇用レポート⑥英国:長期就業文化の定着
就業継続を希望する高齢者とそれを支援する政府の意向が一致
2015年07月15日
-
高年齢者雇用レポート⑤ドイツ:55歳以上の就業率が顕著に上昇
労働力確保が大きな政治課題
2015年07月14日
-
高年齢者雇用レポート④スイス:改めて注目される中高年雇用
2014年2月の国民投票で移民流入数への上限設置を採択
2015年07月14日
-
高年齢者雇用レポート③スウェーデン:「より長い労働人生」の実現へ
高い国民の就労意識と制度が促す高齢者雇用
2015年07月14日
-
高年齢者雇用レポート②EU:高齢化を見据えた取り組み
欧州各国で中高年層の就業率が上昇中
2015年07月14日
同じカテゴリの最新レポート
-
2025年3月雇用統計
失業率は上昇するも、求人倍率が上昇するなど雇用環境は悪くない
2025年05月02日
-
消費データブック(2025/5/2号)
個社データ・業界統計・JCB消費NOWから消費動向を先取り
2025年05月02日
-
2025年1-3月期GDP(1次速報)予測 ~前期比年率+0.5%を予想
外需が下押しも内需は堅調/小幅ながら4四半期連続のプラス成長
2025年04月30日
最新のレポート・コラム
よく読まれているリサーチレポート
-
トランプ関税で日本経済は「漁夫の利」を得られるか?
広範な関税措置となっても代替需要の取り込みで悪影響が緩和
2025年03月03日
-
地方創生のカギとなる非製造業の生産性向上には何が必要か?
業種ごとの課題に応じたきめ細かい支援策の組み合わせが重要
2025年03月12日
-
中国:全人代2025・政府活動報告を読み解く
各種「特別」債で金融リスク低減と内需拡大を狙う
2025年03月06日
-
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
-
2025年の日本経済見通し
1%台半ばのプラス成長を見込むも「トランプ2.0」で不確実性大きい
2024年12月20日
トランプ関税で日本経済は「漁夫の利」を得られるか?
広範な関税措置となっても代替需要の取り込みで悪影響が緩和
2025年03月03日
地方創生のカギとなる非製造業の生産性向上には何が必要か?
業種ごとの課題に応じたきめ細かい支援策の組み合わせが重要
2025年03月12日
中国:全人代2025・政府活動報告を読み解く
各種「特別」債で金融リスク低減と内需拡大を狙う
2025年03月06日
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
2025年の日本経済見通し
1%台半ばのプラス成長を見込むも「トランプ2.0」で不確実性大きい
2024年12月20日