サマリー
アジアインフラ投資銀行(AIIB)をめぐる様々な議論が飛び交う中、ハーバード大学のケネス・ロゴフ氏が4月上旬、“Will China’s Infrastructure Bank Work?”と題する論考を発表している(※1)。かつてIMFに籍を置いた経験を持つ同氏は、そもそも国際金融機関の仕事ぶりを高くは評価していない。特にダム建設のような巨大なインフラプロジェクトに際しては、その経済効果を過大評価し、コストを過小評価することで、往々、失敗してしまう。同様のリスクにAIIBが直面すると述べている。そして、途上国の成長の障害は、多くの場合資金の不足にあるのではなく、被投資国の制度やガバナンスの未熟さにあると指摘する。グローバルマーケットに流動性があふれている昨今、カネは希少財ではないとして、例えばADB等のみでは対応不能な、巨額のインフラ需要を賄うためにAIIBは有用といった、量に着目した見方を一蹴している。AIIBに対する評価は、どれほどの金額を投入したかではなく、どのようなプロジェクトを選択し、それらをどう育てたかで決まる、というわけである。
カネが希少財か否かは議論のあるところだろうが、AIIBの設立に際し、さしあたって期待すべきが、量的拡大よりも、インフラプロジェクトの質の向上であることは確かであろう。例えば中国が二国間形態で行ってきた途上国のインフラプロジェクトを、AIIBが取って代わることで、懸案の環境や人権への配慮といった問題が改善する可能性がある。中国の競合相手がADB等であれば、中国が融資金利を引き下げるなど、好ましくない競争を誘発する可能性があるが、AIIBの設立により、こうしたリスクが低下すると考えられるのである。
もちろん、そのためにはAIIBのガバナンスがカギになるわけだが、最早この点にかかわる過大な懸念は無用かもしれない。中国がAIIBを自国の「機関銀行」と位置付けているのであれば、欧州勢の参加を歓迎したり日本に参加を促すことは、その趣旨と矛盾する。少なくとも現時点では、中国にとってAIIBは自国のソフトパワー増強の象徴であり、その拡大の手段という位置付けが固まっているのだろう。中国はG7の過半が参加する国際金融機関の盟主という地位を、国際社会における自国の実力に見合った生存空間の獲得と位置付けているものと推察される。その地位を貶めるリスクを冒すことには慎重を期すに違いない。
もっとも、こうした中国の姿勢と、同国がAIIBを人民元国際化戦略の一環に位置付けることとは矛盾しない。恐らくここに、米国が譲ることのできない一線がある。米国にとって、現在の国際金融システムの要諦はドルが基軸通貨だということにある。ほんの小さな一歩であれ、それに対する挑戦は大きな脅威と認識されていよう。これがAIIBをめぐる、欧州勢と米国との決定的な差なのであろう。欧州勢が中国の台頭を等身大で受け止め、それにふさわしい生存空間を与えることに寛容であり得たのは、巨大な既得権の不在の故であったと考えられる。さて、日本はどうすべきか。答えは自明であるように思えるのだが。
(※1)Will China’s Infrastructure Bank Work? by Kenneth Rogoff - Project Syndicate
本稿は、大和総研コラム『アジアインフラ投資銀行と中国のソフトパワー』(2015年4月16日)を一部修正のうえ、転載したもの。
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