インドネシアの原子力研究開発の端緒は、1950年代の原水爆実験による影響調査を目的とした放射能調査委員会の設置である。初代大統領スカルノと続くスハルトは、先進国入りには原子力の利用が必要との認識に立ち、米ソと原子力協力協定を結ぶなど研究開発に力を入れた。1964年には国内初の研究炉の臨界を達成し、その翌1965年には現在の原子力庁(BATAN)が発足している。その後、1970-80年代にはイタリア企業の、1990年代には日本企業の協力を得てジャワ島での原発建設計画が検討されたが、1986年に発生したチェルノブイリ事故と1997年以降の通貨危機により、それぞれ中止や延期を余儀なくされた。

出所: 日本原子力産業協会資料、現地報道記事等より
とはいえ、経済危機からの回復後は、急増する電力需要への対処と電力源の多様化の必要性から、原子力発電の導入が再び検討され始めた。2000年代にBATANがまとめた計画は90年代の案を踏襲し、2010~2011年の着工と2015~2016年の完成を目指していた。また、2005年の国家電力総合計画には初めて原子力発電が盛り込まれ、翌2006年の大統領令でも原子力発電の目標値が具体的に述べられている。2009年には原発導入のための法規制、人材面等での整備状況についてIAEAから好評価を受け、原発の国家的推進態勢が着実に整いつつあった。日本も、日本貿易振興会(JETRO)や原子力国際協力センターを通じた協力を2000年代中盤から行っており、両国での自然災害の共通性に鑑みて、安全技術、運転管理等及び人材育成面での指導が日本に期待されていた。
ところが、昨年(2011年)3月の福島第一原発事故で、インドネシアの原発計画の雲行きは三たび不透明となる。元々の建設予定地であるジャワ島北岸のムリア半島では2007年以来、大統領経験者のワヒドやイスラム団体の支援も加わった大規模な原発反対運動が発生していた。そこでBATANは、その代替候補地として(1)現地住民の過半が誘致に賛成しており、(2)地震が少なく、(3)ウランが採掘可能で、(4)電力消費地に比較的近い、スマトラ島東岸沖のバンカ島に注目した。この周辺には荒廃した錫採掘跡地が広がり、さしたる代替産業もない地域である。どうやら、地域の雇用や振興と引き換えに貧困地に原発が誘致されるのは古今東西普遍の原理であるらしい。しかし、福島原発事故の実態が報道されるにつれ、同地域でも誘致賛成派の住民は5割を切ったとの報告がある。また、2011年6月に訪日したユドヨノ大統領も、日本と同様の大災害はインドネシアでも起こりうるとし、原発よりも地熱や水力開発を優先させる意向を示した。一方で、同年7月には原子力庁長官が、2014年以降の新大統領による原発推進に備えて建設準備を今後も継続する方針を表明した。2012年4月の現地報道では、早ければ2016年にもバンカ島で原発建設の着工が可能であるとする政府見解が伝えられている。つまるところ、インドネシアは原発の推進を表立って表明はしていないものの、建設の準備は着々と進行中、ということになる。
石油資源の枯渇も囁かれるインドネシアでの原発導入は、慢性的エネルギー不足への強力な解決策となり、貧困に喘ぐ地域の振興にも寄与することは確かであろうと思われる。しかし、大規模事故の際にはそれらの恩典さえ全て吹き飛ぶ大惨事となることも、既にチェルノブイリや福島において不幸にも実証済である。外国の一市民としてはただ、建設の是非の判断はできる限りの正直な情報公開と地元住民による慎重な合意形成の下に行われるよう願うばかりである。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
地域で影響を増す外国人の社会増減
コロナ禍後の地域の人口動態
2025年07月24日
-
生成AI利活用に関する技術・サービスの動向
基盤モデルなどの最新動向、および全体像・自社事例を解説
2024年07月01日
-
コロナ禍を踏まえた人口動向
出生動向と若年女性人口の移動から見た地方圏人口の今後
2024年03月28日
関連のサービス
最新のレポート・コラム
-
資金循環統計からみる家計金融資産の現状
2026年3月末の金融資産は2,386兆円に。現預金比率は47%に低下
2026年06月26日
-
日本での実質株主確認制度導入に向けた議論
会社法中間試案では2つの制度の導入を検討
2026年06月26日
-
米国:AI活用は続くが、「選別」も本格化へ
「選別」は過剰投資を抑制も、信用リスク・資産価格への波及に注意
2026年06月25日
-
熊谷亮丸の経済・金融 Foresight 高市政権の成長戦略、骨太の方針で実質賃金は本当に増加するのか?
①時間あたり労働生産性の引き上げ、②1人あたり労働時間の増加、の2点が1人あたり実質賃金の増加に向けたカギ
2026年06月25日
-
「形式的・機械的な議決権行使」批判について考える
2026年06月26日
よく読まれているコンサルティングレポート
-
2026年6月株主総会に向けた論点整理
アクティビスト投資家等による株主提案数は過去最多
2026年06月04日
-
2026年6月株主総会の株主提案数(速報)
2026年6月株主総会の株主提案数は101社と過去2番目の多さ
2026年06月17日
-
アクティビスト投資家の近時動向(2026年4月)
「変質」しつつあるアクティビスト投資家。「対話」から「交渉」に。
2026年04月09日
-
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2025年9月版)
「同意なき買収」時代における買収対応方針の効果と限界
2025年09月24日
-
直近のMBOによる株式非公開化トレンド
事例比較による公正性担保措置の実務ポイント
2026年01月27日
2026年6月株主総会に向けた論点整理
アクティビスト投資家等による株主提案数は過去最多
2026年06月04日
2026年6月株主総会の株主提案数(速報)
2026年6月株主総会の株主提案数は101社と過去2番目の多さ
2026年06月17日
アクティビスト投資家の近時動向(2026年4月)
「変質」しつつあるアクティビスト投資家。「対話」から「交渉」に。
2026年04月09日
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2025年9月版)
「同意なき買収」時代における買収対応方針の効果と限界
2025年09月24日
直近のMBOによる株式非公開化トレンド
事例比較による公正性担保措置の実務ポイント
2026年01月27日

