サマリー
◆安倍政権の誕生した2012年末から追加的量的金融緩和が発表された2013年4月を通じて円ドルレートは大きく減価したが、その後5月に直近の最安値を記録して以来方向感を失っている。本稿ではまず、量的緩和政策がもたらしたこの一時的かつ急激な減価のメカニズムを理論と実証の両面から検証する。検証に当たっては短期・長期の為替レートの動きを捕捉できるドーンブッシュモデルに基づいた構造多変量自己回帰(構造VAR)分析を応用した。
◆推計結果は「為替市場は量的緩和に対する期待および政策発表を織り込んで瞬時に反応し、以降は購買力平価条件および金利平価条件に基づいて緩やかに増価する」という理論および今般の現象を支持した。また本稿ではVAR分析の特性を活かし、為替レートのみならず金利・生産・物価に対する量的緩和政策の波及メカニズムについても検証したが、これらはおおむねモデルのインプリケーションに沿う形となった。すなわち、量的緩和は①長期金利やリスクプレミアムを低下させ、その結果②生産活動を刺激し、同時に③為替レートを減価させるという結果が検出された。
◆他方、①量的緩和に伴う為替レートの減価は一時的なものにすぎず、②為替レートの減価は生産活動を有意に拡大させない上に、③生産活動の増加は物価の上昇につながらない、という結果も検出された。これらの結果は、デフレーション克服という目標に対して量的緩和が限定的な効力しか持たないことを示唆している。
◆インフレターゲティングを同時に導入したことでより強い時間軸効果が期待されることから、量的金融緩和が景気を浮揚する効果は高められていると評価できる。それでもなおインフレ率の本格的なプラス転換を生じさせるような需給の創出効果を期待することは難しい。また、フィリップスカーブの低下によりデフレーション脱却のハードルは高まってしまっている。金融政策に期待できるのは当面、各種名目金利の低下を通じた効果が中心になると見られ、デフレーションを克服する上では供給過剰を解消させるような産業の新陳代謝や、経済活動の生産性を高めるような政策の支援が必要不可欠となるだろう。
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