2013年12月04日
早いもので今年も12月となり、新退職給付会計基準(以下、新会計基準)の適用まで残すところあと4ヶ月となった。3月末決算の企業にとっては、新会計基準適用に向けた選択肢の最終判断や業務フローの最終チェックを行うタイミングに差し掛かっていると思われる。
企業によってその検討のスピードは様々ではあるが、いずれにしても残された4ヶ月間で課題の認識とその解決を図り、確実な移行ができるように準備しなければならない。本稿では、新会計基準における改正点の一つである割引率の設定方法に関して、実務適用を前に留意しておくべき点などについて整理してみた。
- 割引率の設定方法の選択肢である4つのアプローチに関して、その仕組みと特性の理解ができているか?
新会計基準では、割引率の設定方法として「①イールドカーブ直接アプローチ」「②イールドカーブ等価アプローチ」「③デュレーションアプローチ」「④加重平均期間アプローチ」と4つ方法が紹介されている。これらについては企業の主体的な選択が認められているが、その取扱いの利便性から単一の加重平均割引率(上記の③、④のアプローチ)を選択する企業が多くなると予想されている。当該方法は、デュレーションや加重平均期間という、退職給付の支払いまでの平均的な長さ(期間)に対応するイールドカーブ上の金利を単一の加重平均割引率として計算する方法であり、①のアプローチのように、イールドカーブの形状(退職給付見込に対する全ての期間に対するイールドカーブ上の金利)を反映するものではない。従って、③・④のアプローチによって求められた退職給付債務は、①のアプローチを使用した場合と比較して定量的な差が生じることになるため、選択肢によってどの程度の乖離幅になるかを、事前に把握しておくことが必要になるであろう。
またデュレーションや加重平均期間の算出には、定義式通りに計算する方法と近似式を用いて計算する2通りの方法があり、さらにデュレーションの算出には計算の前提となる仮の割引率を予め設定する必要もある(※1)。実務において定義式通りの計算方法を採用する場合には、予め社内で決めたデュレーション算出上の仮の割引率を計算委託機関に提示することになるが、近似式を用いて計算する方法を採用する場合には、通常、退職給付債務計算を依頼する2種類の割引率を使用した近似計算がなされることになる(※2)。デュレーションは、定義式・近似式の選択や仮の割引率の設定によって求められる長さ(期間)が異なり、その長さによっては、重要性基準の判定に大きな影響を与えることも想定される。従って企業担当者は、その特性を充分理解し、その運用方法についてルール化を図っておいた方が良いだろう。
- 重要性基準の取扱いについて、社内の方針が明確になっているか?
新会計基準においても割引率に関する重要性の基準はそのまま継続されるが、新会計基準の適用初年度におけるその取扱いがポイントになっている。具体的には、新会計基準の適用初年度に、現行会計基準で設定した割引率を(重要性基準を利用して)そのまま使用するのではなく、新たにデュレーション(または加重平均期間)に基づく割引率を(重要性基準を利用せずに)直接使用するケースが該当するが、この場合における翌年度以降の重要性基準の取扱いが問題になっていた。これに関しては先月ASBJ(企業会計基準委員会)から、「適用初年度に重要性基準を考慮しなかった場合であっても、翌年度以降の割引率の決定において再度重要性基準を考慮することが認められると考えられる」との見解がでた。この見解を考慮すれば、平均残存勤務年数に対してデュレーションが長く新会計基準では高い割引率を使用したいと考える企業や、逆にこれまで比較的高い割引率を使用してきた企業で割引率低下によるリスクを予め織り込んでおきたいと考える企業のように、新会計基準への移行を契機として割引率を積極的に変更したい企業においても、将来、重要性基準を利用できるというメリットを継続して受けることができることになるため、企業によっては有効な選択肢になるかもしれない。
- イールドカーブをタイムリーに入手できる体制が構築できているか?
退職給付債務等の計算に使用するイールドカーブは、「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」において期間の異なるスポットレートの集合であると定義された。スポットレートは割引債の利回りのことであるが、計算に必要な長期の割引債は実際に流通しているものではないため、モデル等を用いて推定することが求められる。このイールドカーブは、「①イールドカーブ直接アプローチ」を採用する場合には当然であり、「③デュレーションアプローチ」や「④加重平均期間アプローチ」を採用する場合であっても、それぞれの期間に対応する割引率を求めるために必要になる。従って、このイールドカーブをタイムリーに入手できる体制を整えておく必要があり、特に決算期に重要性基準を利用して割引率の変更の有無の判断を行うタイミングでは重要である。計算委託機関等から速やかに入手できる体制を確認しておきたい。
- 最後に
新会計基準の適用に関する留意点は、本稿で説明した内容のみならず「給付の期間帰属方法の変更」を含めて、もちろんこの限りではない。各企業の経営者の考え方、担当者が進めやすい業務フロー、計算委託機関が提供できるソリューショ等を踏まえて、自社にとって最適な選択を行えるよう、早急に残された課題を整理し、必要があれば外部の専門家等に相談しながら対処していく必要がある。企業担当者にとって、これからの4ヶ月間は重要である。
(※1)デュレーション算出上の仮の割引率を低く設定すれば、デュレーションは長くなる。仮の割引率を0%とした場合が加重平均期間であり、デュレーションの中で一番長い結果が算出される。
(※2)「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」に例示されている近似式(前進差分による方法)を使用するならば、例えば、1.5%と0.5%の退職給付債務の計算を依頼した場合には、当該割引率による2種類の退職給付債務の計算結果と共に、仮の割引率を0.5%とした場合のデュレーションが報告される。決算で使用する割引率が1.5%であれば、この場合の仮の割引率の0.5%は決算で使用する割引率とは関係なく、退職給付債務計算の依頼時に任意に決めたものであることに留意したい。
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