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スイス憲法改正と経営者報酬

政策調査部 主席研究員 鈴木 裕

サマリー

参議院選挙では、憲法改正も大きな争点の一つとなっている。日本国憲法は、制定以来一度も改正されずにいるが、今回の選挙の結果次第では、改正に近づくかも知れない。憲法改正を困難にしている要因の一つは、その改正手続きが厳格に定められていることだろう。スイス憲法も、憲法改正に国民投票を必要としている点で日本と同様であるが、しばしば改正が行われている。改正の発議に衆参両院で3分の2の賛成を必要としている日本と異なり、スイスでは国民から憲法改正を提起できるからであろうか。国民による発案の場合は、提案者で構成される提案発案委員会が、10 万人の署名を集めなければならないが、提案を著しく困難にするほどの高いハードルではない。


2013年3月の国民投票では、上場企業の株主の権利を強化して、上場企業経営者らに支払われる報酬の適正化を意図した憲法改正が行われた。こうした企業法の範疇に入る内容が憲法に含まれることに不思議な印象も受けるが、スイスでは、既存の法律に存在しない規制でも、憲法を改正することで、国に立法義務を負わせることができるのである(※1)。スイスにおいては、前述の通り、憲法改正について国民発案を行うことはできるが、法律の制定・改正に関しては、連邦レベルで国民発案を行うことはできないのが原則だ。しかし、本来法律レベルで行うべき改革を憲法改正という形式で国民発案により提案するケースが時おり見られる(※2)。2013年3月の改正が、企業法改正ではなく、憲法改正として発案されたのはこのような理由による。スイスに特徴的なことは、こうした企業ガバナンス制度改正を国民投票によって行ったということであろう。


改正スイス憲法では、経営者(取締役会、執行役会、顧問会)に対する報酬額は、株主総会が毎年決定することが定められた。また、年金基金は制度加入者の利益を最大化するための議決権行使を株主総会で行い、その結果を開示することとされている。改正事項は、他にもあるが、いわゆるSAY ON PAYや、議決権行使結果開示が定められているのであり、欧米の企業ガバナンス制度改正の流れに沿った制度見直しがスイスでも行われたということである。


憲法には、SAY ON PAYなどの導入が記されることになったが、その詳細は、法律を定めなければならない。何をどのように開示して株主総会議案を作り上げ、株主の投票対象とするか、具体的な規制が検討されているところである(※3)。2013年6月14日に明らかにされた規則案では、SAY ON PAYで株主総会に上程される報酬議案の決議に拘束力を認めるほか、詳細な報酬報告書を作成し株主に提供すること、年金基金の保有株式にかかる議決権行使義務と行使結果の開示などが定められている。この規則案に対する意見募集が進められることとなる。


スイスでは、このように直接民主制的な立法が可能であるが、これが果たして国民の冷静な判断の結果であったか、疑わしくもある。というのも、国民投票の直前にスイスの大手製薬会社が、前会長に総額7,200万スイスフラン(73億円)を贈ると発表したことが、SAY ON PAY議案の支持派を勢いづける公算が大きいと報じられていたことからもわかるように、国民の反発を買うような極端な事例に対する極端な反応であるのかもしれないのである(※4)。発案者の名前をとってミンダー・イニシアティブといわれるスイスの経営者報酬改革は、金融危機後の2008年頃から動き出しているが、可決に導いたのは、高額報酬に対する国民の不平、不満であったとすれば、それは必ずしも企業価値の最大化とは一致しないこともあろう。企業と株主との間で合意すべき経営者報酬の決定方法について、広く国民一般の意見を反映させるべきであるのか、疑問の余地があるように思える。

 

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