「SAY ON PAY」は、企業経営者に支払われる報酬(PAY)について、株主が意見表明をする(SAY)という制度である。経営者報酬に関する議案が株主総会に上程され、それに対して株主が投票することとなる。
SAY ON PAYをもっとも早く実施したのは、英国である。英国では、企業経営者の報酬が企業業績と無関係に高騰し、物価上昇率や労働者の賃金増加率をはるかに上回るペースで上昇する例も見られた。そうした中で機関投資家からは投資先企業に対して、取締役報酬の適正化や報酬決定プロセスへの投資家の参加などを求める声が上がっていた。機関投資家の要望に応える企業もあり、自発的対応としてSAY ON PAYの導入も部分的ではあるが進んだ。こうした中で、取締役報酬報告規則(Directors’ Remuneration Report Regulations:DRRR)が2002年に導入され、同年末以降に終了する事業年度から適用されるようになった。DRRRは、取締役報酬報告を企業の開示情報として位置づけ、これを定時総会で株主の投票に諮ることを義務付けた。この規定は、2006年に会社法に引き継がれ現在に至る。
欧州においては、2004年にSAY ON PAYの法制化がEU加盟各国に推奨された(※1) 。EUでは、取締役報酬に関する方針やその変更を株主総会の議案とすべきこと、取締役報酬の報告書に関して総会で承認を得ること(決議は拘束的決議でも非拘束的決議でも可)、などが推奨された。さらに、2009年には、特に機関投資家に対して、報酬議案に対する議決権行使を推奨した。報酬が取締役を動かすインセンティブであり、ガバナンスの中核課題であるから、責任ある投資家として熟慮の上、判断をすべきということである。これによって、その後、欧州各国でSAY ON PAYの導入が進み、制度の根拠規定や決議の拘束力、決議の対象などで国ごとに相違が見られるものの、何らかの形で株主が取締役報酬の決定に関与する仕組みが普及している。
米国では、2010年7月に可決成立した米国金融改革法(ドッド=フランク・ウォール街改革及び消費者保護に関する法律:Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act、以下DF法)によって、SAY ON PAYが法定された。従来米国では個別報酬の詳細な開示はあるものの、株主が賛否を問われることはなく、報酬委員会の判断は受けたとしても経営者報酬に対する株主の関与は無かった。今回のSAY ON PAYは、このような状況を変えるものとなる。
日本では、報酬の総枠は株主が決めるとはいえ、欧米に比較すると報酬に関する情報開示が十分であるとは言い難いし、実際に支払われる報酬の適切性を株主が審査する仕組みもいまだ作られていない。報酬に関する情報開示と株主の関与を定める欧米流のSAY ON PAYは、広く普及しつつあり、同様の制度を整えていないことが、日本の企業ガバナンスの次の課題として指摘されかねない。
※ESGニュース 2011年8月15日「導入初年の米国SAY ON PAY—経営者報酬に厳しい声も」参照
(2012年7月31日掲載)
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