次の日もまた一行は早朝に西安を出発し、バスで洋県に向かった。洋県は西安から秦嶺山脈を越えた漢中の手前にある山村である。三国志時代には蜀の諸葛孔明と魏の司馬仲達が激戦を繰り広げた地域で、随所に史跡があり、三国志ファンには堪らない地名が点在する。
洋県で唯一という有機野菜をふんだんに使った料理で空腹を満たした後、いよいよ一行は洋県の子供たちが待つ交流会の会場に向かった。レストランから10分ほどの移動時間の間にも、もう一度「赤とんぼ」を練習するが、ここでも音程は揃わない。学生達は極度の緊張感に苛まれながら、バスを降りることになった。
次に披露されたのは折り紙だった。学生達は出発前に1人100羽ずつ折鶴を折り、千羽鶴を完成させていた。それを九重町と洋県の交流の証として手渡した後、それぞれ分かれて会場の子供たちに鶴の折り方を教え始めた。言葉も通じないのに大丈夫かと心配したのは引率の大人達だけで、これは全くの杞憂に終わった。最初は戸惑っていた洋県の子供たちも次第に九重町の学生一人ひとりの周りに輪を作り、暫くすると長年の友人であったかのように笑顔で鶴を折り始めた。中国にも折り紙はあるが、日本の鶴の折り方は独特で、安定感がある。あっという間に何十羽という折鶴が出来上がった。
交流会を終えてホテルで少し休憩した後、いよいよ野生のトキのねぐらを見学しに行くことになった。野生のトキは群で行動し、夜は木の上で眠る。日暮れを前に餌場から群を成して戻って来るトキは「世界広し」といえども洋県でしか観察できない。ところが、地元で観察を続ける林業庁職員の案内の下、いくつかのポイントを移動するが、なかなかトキは現れない。とうとう初日は数羽が飛んでいるのを確認できただけだった。
それから待つこと小一時間、対岸の木々がざわざわと揺れ始めた。トキが目を覚ましたのだろう。いよいよ飛ぶか、と期待が高まるが、暫くは羽繕いなどをしている様子で一向に飛び立つ気配を見せない。一同がしびれを切らした頃、「クワッ」と一羽が甲高い声を上げたかと思うと、一羽、また一羽と次々に飛び立って行った。
朝陽を浴びて舞い上がるトキの姿に、一同は茫然とするばかりだった。正に朱鷺色の羽をはためかせる姿は優雅の一言に尽きる。瞬きをする隙さえ惜しいひと時だった。
日中間の国民感情が相互に悪化しているとされる状況を打破するには、九重町のような試みを日本全国に広めれば良い。折鶴一羽が生む真の友好交流、その現場に立ち会うことは、日頃、日中間の友好交流活動に身を置く私にとっても目から鱗が落ちる経験だった。このような活動が全国各地に広がり、継続実施されれば、日中両国関係の将来は磐石であろう。
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