「金は天下の回り物」といわれるが、その本来の意味はともかく、企業における資金の回り方は、いつの時代も重要な視点である。貴社の重要な財務指標は、と問われれば、昨今ではROEと答える(なければならない)空気が広がっており、それはそれで正しくもあるが、それを超えた企業では、改めて、キャッシュフローの重要性を見直す企業も少なくない。
日立では、「スマトラ」(※1)と呼ばれるプロジェクトにおいて、グローバルで勝てる構造への変革の大きな2軸として、収益力、およびCCCを選択した。CCCとは「キャッシュ・コンバージョン・サイクル」の略であり(※2)、原材料等に資金を投入してから売上げを回収するまでの期間、すなわち運転資金回転期間と同義である。CCCが長ければ、より大きな資金が在庫や売掛けに滞留し、いくら売上げが増えても、現金がなかなか手元に戻らず、次の設備投資に回す資金が確保しにくいことになる。逆に、CCCが短ければ、売上げ成長にキャッシュの増加が伴い、次の投資機会へ迅速に対応できるという好循環が生まれる。
同社は、このCCCを重要な投資指標に位置付けるとともに、2015年度には目標値を設定。前年度から5日間の短縮を目指している。2014年度のアニュアルレポートでは、CFOメッセージの冒頭で、キャッシュフローマネジメントの強化を挙げ、CCCに言及するほどの力の入れようである。
CCCの経営に対する効果で、一躍注目された事例は、米国アップル社である。スティーブ・ジョブス氏がCEOに復帰後、スカウトされたティム・クック氏が大胆なサプライチェーン改革を主導し、バリューチェーン全域にわたるオペレーション改革を実施した。その結果、アップル社のCCCは、クック氏スカウト前の60日程度から、3年後にはそれを短縮するどころか、マイナス20日という驚異的な水準にまで達した。これは、売上げが計上される20日前には、既に資金の回収が終わっているということである。同社は、運転資金が生み出す豊富な資金を、次の商品開発や販促に回すことができた。
国内でこうした戦略にいち早く着目したのが、デジタル家電メーカーで、EMS(受託生産サービス)の活用等により資産の軽量化を進めることで、CCCを短期化。その資金で、ビジネスサイクルの短いスマホ等の製品開発に対応した。すなわち、開発、生産設備等への投資とそのリターンの回収にかかる期間(長期の資金サイクル)が短ければ、その分、そのビジネスを日々回すのに要する期間(短期の資金サイクル)も短くなければならない、というわけである。3か月単位で製品が入れ替わるのに、CCCで3か月要していたら、借入金はいくらあっても足りない。
また、昨今は少し事情も変わってきた。新興国や東南アジア等における現地の市場成長への対応、すなわちグローバル化がCCC改善に向かわせる要因となっている。花王は、増大する東南アジア等における設備投資資金を確保するため、現地でのCCCの改善に乗り出した。先の日立も、資金回収に比較的時間のかかる海外でのインフラ事業がCCC長期化の一因となっている。一方、海外のグローバル化を先に行く海外メーカーは、例えば、花王の65日(2015年度)に対し、P&Gは6日(2014年度)と圧倒的な差がある。
下のグラフは、日本の上場している製造業の過去15年のCCCの推移である。CCCは改善どころか、2007年度を底に長期化傾向が続いている。トヨタ生産方式による「引き生産」の普及で、日本の製造業は在庫を最小限にとどめている、というのはもはや幻想に過ぎないのかもしれない。こと製造業にのみに絞った分析ではあるが、もう一度、日本の経営をCCCの観点で再考してみる必要がありそうである。

(※1)Hitachi Smart Transformation Project
(※2)CCC=(売掛債権/売上高+在庫/売上原価-買掛債務/売上原価)*365日
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