サマリー
◆全国民に対してほぼすべての医療サービスを原則無料で提供している英国の医療制度(NHS)に対する国民の満足度は、長期に亘り不満だとする回答が多かった。しかし今世紀に入り、英国民の評価は急速に改善している。本稿ではその理由を探りたい。
◆1979年に誕生した保守党政権下では低迷していた経済・財政難の再建が図られ、医療の分野でも歳出抑制が優先された。NHS内部に市場メカニズムを持ち込み、競争による効率化が試みられたのである。
◆その結果、病院間の競争が激化し、医療の質は向上するどころか悪化した。さらに、注目されていた医療費抑制に対しても効果は限定的だった。そこで、1997年に政権を担った労働党は大規模なNHS改革を断行。主な改革の内容には①NHSの予算増加と医療従事者の増員、②診療ガバナンスの規定、③患者重視、が挙げられる。
◆労働党のブレア政権下では、医療費を増加させる方向に舵を切ることで、取りこぼされてしまっていた医療の質の改善を試みた。同時に、医療サービス提供者側に対してはガイドラインを規定することで公正な成果を求めた。医療の透明性を高め、診療ガバナンスを強化した患者重視のNHS改革は、国民にも好意的に受け止められ、医療満足度は上昇基調に転じた。
◆その後、病院から地域、治療から予防、家庭医(GP)単独診療からGPを中心としたプライマリ・ケアへと、患者の求める医療の在り方も変化していった。それに伴い、地域の健康度に貢献するGPを支援する診療報酬制度を一部導入するなど、政府も支援体制を整えた。
◆わが国でも、医療費の膨張を抑制する策として、費用対効果を基準に医療の効率化に向けた議論が進み始めたが、2000年代以降のNHS改革で重視された患者にとっての価値や成果、といった説明責任の要素については、制度的な難しさもあり曖昧にされている。多くの国民・患者にとって最良の医療や生き方の選択について、国民的議論が開始されてもよい時期かもしれない。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
欧州経済見通し 足元堅調もリスクは下向き
長引くインフレリスクと強まる金利上昇圧力
2026年09月17日
-
欧州経済見通し 引き続きインフレに警戒
猛暑で高まるインフレ上振れリスク
2026年08月25日
-
4-6月期ユーロ圏GDP 原油高でも底堅く成長
実質GDP成長率は前期比+0.4%と市場予想から上振れ
2026年07月31日
最新のレポート・コラム
-
一括取得型自己株式取得(ASR)入門
ASRに関する基本的な事項をQ&A形式で解説
2026年10月16日
-
「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」における金融経済教育に関する記述
金融経済教育関連に限ると、大幅な拡充は行われない方向性か
2026年10月16日
-
日本の長期金利、2035年に5%台の可能性
2035年に3.5~4.2%程度で、海外保有拡大で1%pt超の上乗せも
2026年10月16日
-
なぜ企業は同じ情報を何度も提出しなければならないのか
公的統計のデジタル化を問う①-負担軽減の「効果」
2026年10月16日
-
成長投資の先にあるもの ~AI時代に問われる「組織能力」~
2026年10月16日
よく読まれているリサーチレポート
-
国税庁が非上場株式評価の方向性を公表
簿価純資産と収益力で評価する「残余利益方式」に統一の方向
2026年09月08日
-
GPIF経営委員会の8月開催が意味すること
基本ポートフォリオ見直しに向けて第一歩を踏み出したのか
2026年09月01日
-
日米協調介入は円安の是正にどこまで効果を発揮したのか?
更なる介入の合理性は低下。レジーム転換の有無が今後の焦点に
2026年09月14日
-
コーポレートガバナンス・コード改訂の焦点
企業の自律的な判断と実質を伴う説明が問われる
2026年08月27日
-
第230回日本経済予測(改訂版)
円安・金利上昇下の日本経済と成長力強化への課題①AI活用による経済への影響、②資産市場と経済の好循環、を検証
2026年09月08日
国税庁が非上場株式評価の方向性を公表
簿価純資産と収益力で評価する「残余利益方式」に統一の方向
2026年09月08日
GPIF経営委員会の8月開催が意味すること
基本ポートフォリオ見直しに向けて第一歩を踏み出したのか
2026年09月01日
日米協調介入は円安の是正にどこまで効果を発揮したのか?
更なる介入の合理性は低下。レジーム転換の有無が今後の焦点に
2026年09月14日
コーポレートガバナンス・コード改訂の焦点
企業の自律的な判断と実質を伴う説明が問われる
2026年08月27日
第230回日本経済予測(改訂版)
円安・金利上昇下の日本経済と成長力強化への課題①AI活用による経済への影響、②資産市場と経済の好循環、を検証
2026年09月08日

