【特別レポート】欧州金融財政危機と世界経済

欧州危機の広がりと懸念されるアジア、日本経済への影響

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2011年10月19日

  • 調査本部

サマリー

1.概観
2.ユーロ圏財政危機 — 今必要なこと
3.欧州銀行資本増強の動き
4.南欧諸国等向け債権国からの波及可能性
5.中国には金融財政政策に出動余地
6.日本経済への影響には最大級の警戒を

【1.概観】


ギリシャ債務問題から欧州金融危機へ

欧州におけるギリシャなどの財政問題は世界の金融危機に発展するリスクを示し始めている。10月4日に金融大手デクシアの問題が表面化、10日にはフランス、ベルギー両国政府が示した救済策を受け入れ、同社を解体することが決定された。ギリシャ債務問題に端を発する欧州金融機関のバランスシート問題は、公的資本注入といった国家の介入なしには解決していかないだろう。発行残高の大きなスペイン国債やイタリア国債の市場価格低下の現実にも向き合った銀行資本の増強が求められている。

インターバンク市場機能不全のリスクが高まる

10月15、16日に行われたG20財務相・中央銀行総裁会議では金融システムの安定を維持するための基本的な政策が確認されたが、根本的な解決を目指すものとはなっていない。23日のEU首脳会議でEFSF(欧州金融安定化機構)の大幅な拡張が決定される可能性はあるが、これも債務国の資金繰り対策としては有効だが、根本的な治療ではない。全体として当面の金融パニックを防ぐ策は奏効しつつあるが、問題が完治するには相当の時間を要すると考えるべきであろう。

欧州では金融機関のECB(欧州中央銀行)への預金が増大する傾向にあり、リーマン・ショック時に似た金融機関相互の不信の高まりといった状況がみられる。インターバンク市場が機能不全に陥るリスクも指摘される。ECBによる流動性供給は十分に行われていくと予想されるが、個別の金融機関の破綻までを流動性対策のみで防止することはできない。

ギリシャ国債など市場において大きく減価した債券の保有者は、まずギリシャの金融機関であり、またひろく欧州の金融機関であり、ギリシャの財政問題が欧州の金融機関のバランスシート問題に直結している。ギリシャ国債やギリシャ政府への貸付が焦げ付くか、債務の相当部分を免除するということとなれば、多くの欧州の銀行が自己資本を充実させる必要に迫られる。この場合、かなりの数の銀行への公的資本注入が避けられない情勢である。一方、大手銀行からは公的資本注入には警戒的で、リスク資産売却によるデレバレッジにより自己資本比率を上昇させていくという意向も伝えられている。マクロ的にみれば、金融機関がいっせいにリスク資産売却に向かえばその受け皿は存在しないため一気に金融パニックが発生する可能性もある。個別的解決策はマクロ的には不可能であり、むしろパニックの引き金を引く結果となる。

欧州全体の危機対処能力が問われている。欧州の銀行の資金繰り問題はその中でも大きな問題である。すでに欧州の大手銀行の一部は格付け機関から債務格付けの格下げを受け始めている。ユーロ圏における「最後の貸し手」であるECBは市場にユーロをふんだんに供給することは可能だが、ドルについてはそうはいかない。これまで欧州の銀行へのドル資金の供給源であった米国の短期の運用手段であるMMF(マネー・マーケット・ファンド)が、資金運用をリスク回避へとシフトさせ、絞り出したことが状況をさらに深刻化させた。ECBは米連邦準備理事会(FRB)との間で結んだスワップ協定で、ドル資金の融通を受けて域内の銀行にドルを供給してきた。さらにECB、FRB、日銀の協力体制で、対処がなされており、決済システムが直ちに麻痺する可能性は小さい。それでもドル資金不足は深刻化している、と言わざるを得ない。欧州の銀行は手持ちのユーロを為替市場でドルに換えてドル資金をつないでおり、これが9月に入ってから対ユーロでのドル高となっている。1990年代の大型金融危機に直面し、ドル資金の調達が困難になった日本の銀行が置かれたのと同じ状況が欧州の銀行に訪れているわけである。ドル不足現象は9月半ばにはアジア通貨の急落につながり、アジア諸国はそれまでの自国通貨高を防ぐスタンスを自国通貨防衛へと転換したようだ。

世界的な金融危機への波及リスク

懸念される世界への波及

先進国間では資本移動が自由に行われ、金融が国際的につながっている現在、欧州の金融危機は欧州にとどまらないリスクを内包している。実際、7月以降、欧州国債の利回り上昇、株価の下落は、世界的に波及し、欧州以外でも株価下落等の混乱が生じた。

BIS統計で南欧諸国等向けの銀行与信の規模をみると、フランス、ドイツ等の欧州諸国からの与信が大きく、政府債務が問題とされる諸国の国債価格が下落した場合、直接的な影響はまずこれらの諸国に及ぶと考えられる。

間接的には、南欧諸国等向け与信の大きい国が、他の国への与信を回収する可能性がある。歴史的・地理的なつながりで、オーストリアを経由した中・東欧向け、スペインを経由した中南米諸国向け与信が存在し、また、金融センターとなっている諸国向け与信動向が、グローバルな信用収縮との結節点と考えられる。

この他の間接的な影響は、証券投資等の回収であろう。経済のグローバル化に伴い、資金フローもグローバル化しており、資金の流れは類似する傾向がある。インデックス運用等を通じて、直接的な与信関係に因らず、各国・地域等のマーケットにも影響が及ぶことが想定される。

日本の金融機関の南欧諸国へ与信残高は1,000億ドル足らずで、フランス、ドイツなどと比較して規模は小さいため直接的影響を過大視する必要はないであろう。しかし、今回の金融危機をきっかけにして、欧州から始まった世界的な信用収縮や実物需要の低迷が広がると、外部ショックに対して脆弱な日本経済は大きなダメージを受ける可能性がある。金融パニック発現のリスクに対しては国際的な協調を重視して協力を行っていくべきであろう。

日本は官民連携で民間資金と活力を活かす政策が必要

日本は震災復興への取り組みでの需要の増加は来年度に入ってある程度期待できるものの、財政事情の点からいって、財政に依存した経済対策は採りにくい。そうした事情の下では、民間資金、活力を活用する政策の展開が期待される。より具体的には、(1)震災復興をさらに日本全体の再生につなげていくための官民連携「日本再生基金」の創設や(2)日本が直面するエネルギー問題解決のため新エネルギー開発を行う官民連携の基金、あるいは(3)民間活力(投資)を引き出していくための経済振興特区の設置といった政策展開が望まれる。また民間資金と活力を活かすため、証券市場の活性化や起業の活発化に資する施策を打っていくべきであろう。

債務問題解決への道

実質金利マイナスの効果は過大視できない

さて、こうした問題の本質を捉えなおしてみよう。一般的に経済成長は企業の設備投資等を通じて実物資本の増大をもたらすが、その裏側で貯蓄の増大というマネー資本の増大を伴う。資本主義経済が発展期にあるときは、両者は資本の増大の両面をなしている。しかし、経済が成熟するに従い、物理的な資本とマネー資本の乖離が起きてくる。企業活動から生じる利益が投資需要に結びつかず、「需要の不足=供給力の過剰」という状況が生じる。これを緩和するために公共事業などの公的需要で経済均衡を保つことが必要になる。このことによって、企業の実物資本とマネー資本の乖離が起き、それが政府部門の負債となるわけである。

こうした不均衡を解消するためにはどうしたらよいのか。政府債務を増税や歳出削減なしに軽減するためには、利子を実質的にマイナスにすればよい。例えば、国債の金利が1%で物価が2%上昇すれば、実質的には1%国債残高が減少したことになる。実際、現在、米国などの多くの先進国で超金融緩和を行っている結果、現在はほとんどの期間の金利がインフレ率より低くなって実質マイナスになっており、これは意識的に行われている政策であるといってもよい。その直接的な目的は流動性の供給による金融システムの安定化であって政府債務残高の実質減少であるとはいえないが、結果として財政赤字の棒引き効果がでてくることになる。

それでは、この棒引き効果は誰の負担になるのか?実質金利がマイナスであるということは、預金や債券の保有者がその分だけ損失を受けるということである。つまり、実質ベースで預金や債券の保有者から債務者に資産の移転が行われるということになる。仮に債務者が国家だけであれば、金融資産の残高に税をかけることと、実質ベースでは同じことになる。しかし、実際には債務者は国家に留まらないので、マイナス実質金利による解決は資産再分配上も大きな副作用を伴うことになる。また名目的にはプラスの金利が維持されているものの、実質金利のマイナスは一通貨圏のみでは持続できない。金融市場は世界的につながっており、資本移動が自由な先進国間では実質金利は収斂していく力が働くはずだからである。

今回の欧州危機は債務者と債権者が国をまたがった形で問題が発生している。ギリシャは政府債務を累増させたが、資金余剰を累増させたのはEU中核国の企業や域外の企業であった。一国だけでは解決できないところにギリシャ債務問題の難しさがある。しかし、同様に国をまたがって債務問題と資金余剰問題が生まれた事象は、かつて80年代にも中南米累積債務の問題として存在した。ただし、中南米諸国は独自の通貨を持っていた点でギリシャ問題とは異なっていた。中南米の累積債務問題は、ストレートに債務国において通貨暴落と大インフレをもたらした。しかし、対外債務はドル建てであり自国通貨の世界でのインフレは問題の解決にはならなかった。最終的には米国が主導したブレイディ・プランで大幅な債務減免が行われ、IMF(国際通貨基金)の緊縮政策要求に応えて債務国の国際収支が改善し経済状況が安定するといった経過を経たのである。仮にギリシャがユーロ圏を離脱しドラクマ再導入といった状況が生まれてもそれは問題の解決にはならず、ギリシャが通貨安とインフレにさいなまれるという事態が生まれるだけであろう。どちらにしても、一定程度の債務の棒引きを行うほかには解決は見出せそうにない。おそらく半分以上の債務カットを行うこととなる可能性が高いと思われる。早めに手を打って、スペインやイタリアにも信用不安が波及することを防がなければならない。

財政統合へ一歩踏み出せるかどうか

問題を再発させないための長期的な解決策としては、ユーロ圏が財政統合へと向かうほかはないと考えられる。完全な財政統合の道のりは遠いが、EFSFの拡充にとどまらず、欧州共通債券を発行するといった財政統合に向けた一歩を踏み出せるかどうかがユーロという通貨を長期的に維持発展させていけるかの試金石となる。

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