中国鉄道省改革の先にあるもの

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2011年08月31日

サマリー

中国鉄道省。10年実績で、211万人の就業者を抱え、関連事業も含めた事業収入が2.8兆元(約34兆円)を誇る政府機関である。高速鉄道の急拡大を先導し、05年の敷設開始から10年末で総営業距離を8,358kmまで拡張し、世界一と言われる最高時速350kmを誇る車両開発を推進してきた。だが、急速な拡大路線を追求した鉄道省は、11年6月末時点で2兆元超の負債を抱えている(GDP比約5%に相当、負債比率は約59%)。そして、車両故障などが相次ぎ、7月23日には温州市で痛ましい追突脱線事故が発生してしまった。一連の事件を受け、鉄道省は新規事業の承認を一時停止し、安全を重視する姿勢を鮮明にしている。運行速度規定を引き下げ、中国国有鉄道車両製造大手の中国北車には車両の出荷停止を指示。汚職の温床ともなったとされる鉄道の運営と監督が一極集中した鉄道省の体制問題を解消するため、安全検査チームから鉄道省幹部を外すなどの手も打っている。

11年2月に鉄道産業の急成長時代を築いた鉄道省トップ・劉志軍氏が汚職疑惑で更迭され、この時点で急速な拡張路線から安全重視への舵切りが求められていた。後任の盛光祖・鉄道相は、4月に鉄道事業運営に関して、エネルギー効率、安全性、収益性を重視する新指針を発表しており、温州の事故後の矢継ぎ早の対応策は、これらをより具体化した指示とも言えよう。拡張スピード重視から安全重視への軌道修正により、投資の調整懸念が高まっている。しかし、車両設計の安全性や運行システムの改良など「安全」や「質」の追求には、1単位当たりの投資コストの増加を伴う場合もあり、投資総額が大きく下方修正される可能性も考えにくい。鉄道産業の裾野は今後も広がるチャンスを残している。

事故後の8月8日、鉄道省は総額200億元のCPによる資金調達を実施した。利回りは5.55%と同条件の2月実施分3.92%から調達金利の上昇を余儀なくされたが、最高格付けが付与され、主に中国開発銀行など国有金融機関がこれを引き受けた。改革を進めつつ、苦境をこれまでと変わらない政府の護送船団方式で乗り越える構えなのだろう。中国には「高速鉄道」以外にも「原子力発電」や「大型旅客機」など政府が手塩にかけた、産業の高度化を象徴する重点産業がある。「安全」や「質」が内外の信認を得るまで向上できるか、鉄道省改革の行方が注目される。

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