2013年01月21日
サマリー
2012年12月に米国コネティカット州ニュータウンの小学校での銃乱射によって20人の子どもと容疑者を含め計27人が死亡した事件は、銃規制の是非やその程度を再考する契機となっている。ニューヨーク州では、早くも州法を改正し、購入時の身分照会を強化したり、販売可能な銃器の装填銃弾数を従来よりも少ないものに限るなど、攻撃用銃器(assault weapons)の販売規制を強めている。規制強化に反対する声も強いが、連邦法レベルでの検討も含めて法規制による対応は続くであろうと思われる。
規制を変えるには、政府による法制度の改正が必要になるが、銃器を製造・販売する企業に対する影響力は、規制当局のみのものではない。投資家もまた、企業へ投資することで、企業経営に関わりがあることは言うまでもない。社会的責任投資を行う公的年金基金の中には、投資家として銃器製造・販売企業に影響を及ぼそうとする動きが広がりつつある。
カリフォルニア州教職員退職制度(The California State Teachers' Retirement System, CalSTRS)は、全米有数の年金基金であるが、州内で違法とされる銃器を製造する企業へ投資することを禁止し、またすでに投資をしている場合には、株式や債券を売却しポートフォリオから除外する方針を明らかにした(※1)。シカゴ市長もまた、市職員の年金基金積立金運用で、攻撃用銃器を製造・販売する企業に対する投資を禁止する方針を打ち出し、専門的な検討チームを組織することを決めた(※2)。ニューヨーク州の退職年金基金でも、販売用銃器の製造を主たる事業とする上場企業には、投資をしない方針を示しており(※3)、このような動きは公的年金基金の間で一層広がるだろうと思われる。
年金基金などによる投資禁止はダイベストメントと呼ばれ、欧米の社会的責任投資の主流となっている。クラスター爆弾の製造企業を投資対象から除外したり、深刻な人権問題を生じているスーダン国域に進出した資源企業を投資対象から除外するなどの基準を投資判断に組み込んだ資産運用だ。銃器が米国社会に大きな被害をもたらしているのであれば、それを製造・販売する企業の株主もまた、被害の原因を作っているのであるから、そこから手を引くことが、責任ある投資家のとるべき行動であるということである。
しかし、ダイベストメントの手法には批判もあることを忘れてはなるまい。ダイベストメントによって、ある企業の株式や債券を売却すれば、その企業に対する投資家ではなくなるので、企業へ変革を求めるための対話を行う契機を失うことになる。投資家として企業に対して利害関係があるからこそ、経営への働きかけを行う権利があるのに、ダイベストメントはその権利を失うことに他ならず、社会的に問題のある企業をかえって放置してしまうことになる。社会的責任投資を行う投資家が株式や債券を売却したとしても、他の誰かが購入するのだから、ダイベストメントされた企業の経営が直ちに困難になるということにはならない。銃器の製造に反対して売却された株式を銃器規制反対派が買うことになれば、銃器の製造・販売に対するブレーキはかえって緩むかもしれない。
銃器製造・販売企業を投資対象から除外する方針を持つ投資家が増加すれば社会的責任投資の残高も増えるだろう。社会的責任投資が社会の危険や人権問題の緩和を目指しているとすれば、深刻な問題が山積する社会ほど社会的責任投資の残高は積みあがるとも思えそうだ。わが国では欧米に比して社会的責任投資の規模が小さいといわれることがあり、投資家が社会問題に鈍感であるともみる余地もある。しかし、投資家の立場からさえ解決や緩和への取り組みを考えさせる銃器問題のような社会的課題が、わが国では身近に顕在していないということを意味しているとも言えはしないだろうか。
(※1)“CalSTRS Statement on its Decision to Divest of Certain Firearms Holdings”(January 9, 2013)
(※2)“Mayor Emanuel Orders Review of Pension and Retirement Funds For Divestment of Assault Weapon Companies”(January 14, 2013)
(※3)“DiNapoli Freezes Pension Fund Investments in Commercial Firearm Manufacturers”(January 15, 2013)
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