貯蓄率・貯蓄の低下には高齢化ではなく賃金・俸給の減少等が大きく影響

貯蓄率・貯蓄再考

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2013年12月20日

  • 市川 正樹

サマリー

◆我が国のSNAベースのマクロの家計貯蓄率は低下傾向を続けており、その主因として、ライフサイクル仮説に基づき、高齢化の進展があげられてきた。しかし、分子と分母に分けて見ると、様相はかなり異なり、1990年代後半からの分子の貯蓄額の低下が目立つ。


◆1998年以降のデフレ期におけるマクロの貯蓄額の減少には、雇用者報酬受取の減少が大きく効いている一方、年金が大宗である現物社会移転以外の社会給付受取の増加がそれを弱めるように作用している。なお、貯蓄額の低下に合わせるように、家計の純固定資本形成も急速に減少した結果、家計のISバランスの低下は、貯蓄の低下に比べれば、多少、抑えられた。


◆一方、世帯当りのミクロの詳細が把握可能な家計調査では、貯蓄に相当する黒字データ(可処分所得から消費支出を控除)が存在するのは、二人以上勤労者世帯、二人以上無職世帯、単身勤労者世帯であるが、これらは全世帯の7割弱である。また、家計調査にあるとされるバイアスなども念頭におく必要がある。


◆ミクロの世帯当りで見れば、現役世帯では勤め先収入の減、高齢世帯では現役世代の収入減にも対応した社会保障給付の減により所得減となり、それぞれ消費額を抑制しても、黒字幅は減少或いは赤字幅は拡大せざるを得なかった。消費支出の1990年代に入ってからの減少で目立つのは、世帯主などのこづかいや贈答用金品関連といった交際費などの「その他の消費支出」や、洋服といった被服及び履物などである。


◆マクロに戻り、家計調査による一世帯当たりデータに国勢調査による世帯数データをかけた総額についてみると、デフレ期については、高齢化を高齢世帯数の増加と現役世帯の増加とすれば、貯蓄の減少は、高齢化よりも一世帯当たりの貯蓄額の減少の影響の方が大きい。なお、高齢世帯では、ミクロの世帯当りでは社会保障給付や消費支出は減少しているが、マクロでは世帯数の増加によりいずれも総額が拡大しており、特に社会保障給付支給総額の増大は賃金・俸給の減少を補っているなど様相は異なる。単身勤労者世帯では、最近は、世帯数の増加がむしろ黒字総額の拡大をもたらしている。


◆なお、マクロでは、デフレ期に入り、名目の収入減に対応して、家計は価格の安いモノ・サービスを購入して、実質で見ればやっと向上を続けてきたことが示唆される。


◆次に、1990年から2000年のバブル崩壊期においては、そもそも高齢世帯数の増加と現役世帯数の減少はそれほど大きくないため、高齢化の黒字への影響は非常に小さい。1980年から1990年の成長期に至っては、現役世代世帯は増加していた。


◆このように、マクロの貯蓄率の低下を漠然と高齢化によるものとする見方は見直す必要があるかもしれない。また、特に高齢者世帯におけるミクロとマクロの様相の違いを混同しないよう注意する必要がある。


◆ミクロ的発想によりマクロ的現象を説明しようとするライフサイクル仮説についても、この問題のほか、「蓄えの取り崩し」に相当する部分は負の貯蓄・赤字であるが、社会保障給付額はそれよりかなり大きく、更に我が国の年金制度が実際は積立方式ではなく賦課方式であり多額の税・公債金等収入が行われていることも考えると、我が国にそのまま当てはめるのにも無理があるかもしれない。また、マクロ的な貯蓄率がもつ分析上・政策上の意義も、かつての高度成長期はともかく、現在では必ずしも明らかではない。マクロモデルに利用するのであれば、貯蓄率が変化するモデルでないと現実にあまりフィットしないかもしれない。


◆補論として、1997年頃までSNAベースで消費支出と雇用者報酬の額がほぼ一致していたことについても見ている。

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