サマリー
12月8日、9日のEU首脳会議に先立つ1週間ほど、英国のメディアでは「欧州の命運を決める最後のチャンス」的な論調が目立った。首脳会議が開催されるたびに、事前の注目度は高まるばかりである。そして開催直後には、合意事項に対する失望が紙面を埋め尽くす。
英国はユーロ圏に加盟していないこともあり、ユーロ圏危機の勃発以降、メディアの論調はどちらかといえば冷ややかなものが多かった。「それ、見たことか」という第三者的な感じである。これが最近変わってきているように見受けられる。ユーロ崩壊を予想するようなコメントも少なくないのだが(というよりも英国が最近のユーロ崩壊説の台頭の主要な震源地だろう)、危機収束に向けた処方箋の提示などが目に付くようになっている。その処方箋を採用すれば危機が救われる、ないしはそのような処方箋が実際に採用されるとそれら論者が期待しているかは微妙であるが、英国メディア、およびそのコメンテーターが、ユーロ圏危機を身の内の危機として捉え始めているかに見える。
恐らくこうした変化は、ユーロ圏危機の深刻化が欧州景気の底割れ懸念を誘発している結果であろう。英国も、これを対岸の火事として突き放して見ることができなくなりつつあるのだ。
危機によって再認識された大陸欧州との一体化
英国自身の景気が停滞感を強めていることもあり、主要なトレードパートナーである大陸欧州のリセッション懸念は確かに他人事ではない。しかもユーロ圏危機はポンドの対ユーロ高を誘発している。自国通貨の保持が、短期循環的な側面からは英国に不利に働いてしまっているわけだ。もちろん、金融ネットワークの英国・大陸間の密なつながりが惹起する懸念も、ユーロ圏危機が財政・金融の複合危機に発展した現在、深刻である。
結束よりも国益を優先した英国
先の首脳会議では、お決まりの不十分な危機対策とともに、EU加盟27カ国のうち英国のみが財政規律強化を謳った「財政安定同盟」への参加を見送ったことが、当地では多くの議論を呼んでいる。
キャメロン英首相の主張をひとことで言えば、「EUの結束よりも国益が大事」ということに尽きる。これは恐らく、多くの国の本音である。ただし、漏らすことが許されない本音なのだ。ギリシャ等の被救済国は、EUの継続的支援を不可欠としているために、またドイツ等の域内大国は統合体の求心力が自らの姿勢にかかっていることを認識しているために、本音は押さえ込むしかない。ユーロ共同債への断固たる反対を表明するなど、ドイツは一見、ユーロ危機収束の切り札をことごとく封じているかに見えるのだが、さすがにメルケル独首相も「ドイツ国民の利益を守るため」とは言わない。その点、金融センター、シティを守るというキャメロン英首相の言葉は、無遠慮な本音であるようにも聞こえる。
英国がユーロ圏に加盟していないことから来る自由度を確保していることは事実だが、その自由度を駆使することが本当に英国の国益に結びつくかは微妙であろう。ひとつには、すでに触れたように、貿易、金融を通じた大陸との一体化という現実が、本来英国を傍観者の位置にとどめることを許さないはずだからである。もうひとつは、今回のキャメロンの姿勢が、EUにおける英国のリーダーシップの喪失につながる可能性が極めて高いためである。
結果的に、国益を害する可能性も
EU統合の大きなメリットのひとつは、国際政治における中小国個別のプレゼンスの不十分さを補完することにある。ドイツのような域内大国も例外ではない。メルケル独首相の発言力の大きさは、EUのリーダー国の首相であることによって補完されているのである。英国がEUの傍流とみなされることになれば、そのような効用は減少する。ひいてはシティの存続に死活的な意味を持つ金融制度をめぐる国際的な議論を主導する力も低下する可能性がある。キャメロン英首相は結局のところ、英国の国益を危険にさらしているかもしれないのである。
EUにおける主導的地位を失えば、英国がEUにとどまることのメリットも半減することになろう。2012年は英国のEU離脱論が、ひとつの大きなテーマになる可能性がある。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
欧州経済見通し 追加関税の影響が顕在化
米国向け輸出が急減、対米通商交渉の行方は依然不透明
2025年06月24日
-
欧州経済見通し 対米通商交渉に一喜一憂
米英合意、米中間の関税引き下げは朗報、EUの交渉は楽観視できず
2025年05月23日
-
1-3月期ユーロ圏GDP 成長ペースは再加速
市場予想を上回る良好な結果、ただし先行きは減速へ
2025年05月01日
最新のレポート・コラム
-
令和6年金商法等改正法 公開買付制度の改正内容の詳細
30%ルール適用除外となる僅少買付け等は0.5%未満の買付け等に
2025年07月15日
-
総会前開示の進展と今後求められる取組み
2025年3月期決算会社では約6割が総会前開示を実施
2025年07月15日
-
「九州・沖縄」「北海道」など5地域で悪化~円高などの影響で消費の勢いが弱まる
2025年7月 大和地域AI(地域愛)インデックス
2025年07月14日
-
2025年5月機械受注
民需(船電除く)は小幅に減少したが、コンセンサスに近い結果
2025年07月14日
-
中央値で見ても、やはり若者が貧しくなってはいない
~20代男女の実質可処分所得の推移・中央値版
2025年07月14日
よく読まれているリサーチレポート
-
第225回日本経済予測(改訂版)
人口減少下の日本、持続的成長への道筋①成長力強化、②社会保障制度改革、③財政健全化、を検証
2025年06月09日
-
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
-
「トランプ2.0」、外国企業への「報復課税」?
Section 899(案)、米国に投資する日本企業にもダメージの可能性有
2025年06月13日
-
日本経済見通し:2025年5月
経済見通しを改訂/景気回復を見込むもトランプ関税などに警戒
2025年05月23日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第225回日本経済予測(改訂版)
人口減少下の日本、持続的成長への道筋①成長力強化、②社会保障制度改革、③財政健全化、を検証
2025年06月09日
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
「トランプ2.0」、外国企業への「報復課税」?
Section 899(案)、米国に投資する日本企業にもダメージの可能性有
2025年06月13日
日本経済見通し:2025年5月
経済見通しを改訂/景気回復を見込むもトランプ関税などに警戒
2025年05月23日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日