London Economic Eye(Vol.2)
はじめに/欧州新興国の人口構成と所得水準、成長力/英国、銀行と政府の平和協定(Project Merlin)/欧州の財政協調、道のりは長い
2011年07月12日
サマリー
London Economic Eye(Vol.2)は、(1)「欧州新興国の人口構成と所得水準、成長力」(2)「英国、銀行と政府の平和協定(Project Merlin)」(3)「欧州の財政協調、道のりは長い」の3 本のレポートで構成されている。
欧州新興国の人口構成と所得水準、成長力
(1)「欧州新興国の人口構成と所得水準、成長力」は、中東欧、ロシア、トルコからなる欧州新興国の潜在的な成長力を判断するに当たり、人口構成とその変化に注目している。その際、参考になるのはアジアの経験である。アジアでは、生産年齢人口比率が上昇する順に、日本、韓国、中国へと高度成長の連鎖が生じ、それがインドネシア、インドへと引き継がれている。しかし例えば日本の経験に鑑みれば、同比率の上昇は核家族化や出稼ぎの増加を伴う都市人口の拡大、その裏側では労働力の一次産業から製造業へのシフト、マクロ的な生産性の向上と同時進行していた。年齢構成の変化が、そのまま高成長を約束するわけではない。
中東欧、ロシアは市場メカニズムが圧殺される中で、自由な人口移動、産業立地が妨げられてきたという不運な歴史を持つ。同地域にはチェコからウクライナまで、様々な所得水準の国が存在するが、人口構成的には非常に似通っており、かつ西欧と大きな差がないほどに成熟化している。生産年齢人口比率の上昇期を高度成長に結びつけることのできなかった同地域に、アジアで見られたレベルの「キャッチアップ」を期待することは難しい。欧州新興国における顕著な例外がトルコである。トルコの人口構成はアジアで言えばインドネシアに近く、生産年齢人口は上昇のさなかにある。同国の若さを成長のポテンシャルと見ることは十分に可能だろう。
英国、銀行と政府の平和協定(Project Merlin)
(2)「英国、銀行と政府の平和協定(Project Merlin)」では、日本で紹介されることの少ない英国政府と銀行界とのいわば「平和協定」を解説するとともに、その実効性を検討している。英国は金融危機以降、銀行救済に多大な税金を投入しており、銀行に対して強面(こわもて)を貫くことが、政治的には国民の支持を取り付ける上で好都合だという事情がある。一方、英国が欧州随一の金融立国であることも厳然たる事実であり、現在の保守党・自民党連立政権にも、脱金融化を進めた後の成長戦略があるようには見えない。
本協定はもともと銀行界の発案によるものであり、その内容を吟味すれば、金融危機以降続く、政府の銀行バッシングの骨抜き化に一定程度成功しているようにも見える。本協定を、英国の成長戦略をめぐるジレンマを映し出す鏡と捉えることも的外れではなさそうである。
「欧州の財政協調、道のりは長い」
(3)「欧州の財政協調、道のりは長い」ではギリシャ問題に象徴されるユーロ圏の苦境を機に、財政協調強化の議論が継続していることを、「Euro Plus Pact」の紹介などを通じて論じている。ただし、ここまでの経緯は、実効的な財政協調の実現が如何に困難であるかを再確認させるに終わっている。しかも、財政協調の困難さは、昨今の周辺国の財政危機とあいまって、一部のユーロ未導入のEU 加盟国に対し、ユーロ導入をしり込みさせる効果を持った。「統合」という理念の求心力が一段と薄らいでいるとも捉えられる。
もともと「Euro Plus Pact」はドイツの発案による「競争力強化協定」のデフォルメであるが、ドイツの本音が同国の財政主権をEU に委譲することにあったはずはなく、周辺国救済のための同国の持ち出しを抑制すること、或いは持ち出しに際する同国民へのエクスキューズを用意することに狙いがあったと思われる。財政協調(政策を揃える)と財政統合(財源を統合する)の隔絶たる差異は、すべての交渉ごとの前提条件とも言え、中途半端な統一を温存させながら時間稼ぎ策を繰り出し、抜本的な構造矛盾への取り組みは避けて通るという、周辺国の財政危機への対処と同様の構図がここにも存在している。
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