中国社会科学院「本当に"人無貶基"(人民元が長期間大幅に下落する根拠はない)なのか?」

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2017年08月15日

  • 世界経済・政治研究所 張明

2016年に「人無貶基」という言葉が流行語となった。これは「人民元が長期間に持続して大幅に下落する根拠はない」という意味である。「人無貶基」はすでに業界内の共通認識となったようである。だが、この定義は実は曖昧なものである。例えば、「長期間、持続、大幅」とはどのような定義なのだろうか?


筆者は常に三つの角度からの分析方法によって二国間の通貨の為替レートを分析している。それは、短期的には両国の金利差を、中期的には両国のインフレ率を、長期的には両国の競争力を見ていくことである。他の条件が一定という前提で、金利の上昇、インフレ率の低下、競争力の改善は、通常その国の通貨を増価させる要因となり、その反対は減価要因となる。


金利については、中国と米国の比較可能な金利差は2009年以降急速に拡大し、最大では6%ポイントを超えた。このような背景のもと、国境を越えた裁定取引が盛んになり、国外で借り入れられた米ドルが、様々な経路を通って中国国内に流入し、人民元に交換されて各種の投資が行われた。このような裁定取引は必然的に人民元の対米ドルレートの上昇圧力をもたらす。しかし、この両国の金利差は2014年から明らかに縮まり始めた。当初は中国の中央銀行が金利を引き下げたことが原因であり、その後はFRB(連邦準備制度理事会)が利上げを開始したことが原因である。金利差の縮小によって裁定取引の資金が中国から離れていくことで、人民元の対米ドルレートの下落圧力が増幅されるだろう。中国と米国は景気サイクルの異なる局面にあり、両国の金利差が継続して縮小することは今後も充分に起こり得ることである。


インフレ率については、過去10年以内のほとんどの期間、中国のインフレ率は米国より高かった。これは人民元の中国国内での実質購買力低下のスピードが、米ドルの米国国内における実質購買力低下のスピードよりも速かったことを意味している。購買力平価説から言えば、人民元の対米ドルレートが下落する圧力に直面してきたということである。今後も中国のインフレ率が米国より高い状況が続くことは大いにあり得る。(M2/GDP比率が中国は200%を超えているのに対し、米国はわずか90%であることからも考えられる。)


競争力については、投資利益率または労働生産性の伸び率を用いて、その変化を見ることができる。過去20年、中国の労働生産性の伸びは米国より高い状態にある。だが、中国と米国の労働生産性の伸び率の差は2008年のピーク(12%ポイントを超えていた)を経て以降、現在の6%ポイント前後にまで縮まっている。しかし、このことは中国と米国の競争力の差がまさに縮小していることを意味している。実際に、中国の上場企業全体のROE(自己資本利益率)は長年米国より高かったが、初めて米国を下回った。中国の労働生産性の伸びや投資利益率が低下した主な原因の一つは、人口高齢化が進んだこと、ならびに労働力が需要超過に転換してから労働コストが急速に上昇したことである。事実、「人無貶基」論争に関するカギは、今後の中米の競争力の差が引き続き縮まるのかどうかにある。もし中国政府が今後順調に構造改革を推し進め、中米の競争力の差が縮小することになれば、「人無貶基」は事実に変わる。そうでなければ、人民元の対米ドルレートの下落圧力はこれからも続くであろう。


上述の分析以外に、別の角度からも人民元の対米ドルレートが下落圧力に直面している原因を見て取ることができる。過去に中国政府は金融活動を抑制する環境を維持し、家計や企業が世界で資産を配分する能力とルートを制限してきた。金融市場の開放が進めば、中国の民間部門は強い動機を持って海外へ資産の配分を行うだろう。例えば、現在海外証券投資は中国の対外総資産の5%を占めるだけだが、米国と日本ではどちらも40%を超えている。このほか、中国経済の成長減速により、中国の金融リスクが急速に顕在化していくと、家計と企業の中国の金融資産に対する信頼が低下し、海外に資産を配分する必要性が高まる可能性がある。つまり、金融市場の規制がなくなり、金融リスクが顕在化すれば、大規模な短期資本の海外流出の継続に直面する可能性がある。


簡単に言えば、長期にわたる競争力の低下と金融リスクの増大は、人民元の対米ドルレートが下落圧力に直面する基本的要因である。これらに根本的な変化が起こらない限り、下落する状況が逆転することは難しい。

(2017年5月発表)


※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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