金融リスク抑制の十年を点検する

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2018年09月20日

  • 金融研究所 尹振濤

10年前にサブプライム問題から端を発した世界金融危機は、国際社会に大きな衝撃と影響をもたらした。金融リスクの余波はいまだに収まっておらず、世界経済は復興の途上にある。この10年、金融リスクを抑制し、リスクによる損失を少なくするため、米国や英国などでは絶えず監督管理体制や政策に対して大なたを振るって改革を進めてきた。各国の改革には差異があり、様々な調整を繰り返しているが、改革の目標や方向性などから、その多くはシステミック・リスクを防止する、マクロ・プルーデンス機能を強化する、金融消費者の権益を十分に保護するなどの要素に注力されている。

システミック・リスクの抑制は各国で普遍的に行われている。システミック・リスクとは、個々の金融機関が各種取引や決済ネットワークを通じて相互に結び付いていることによって、特定の問題が金融システム全体や市場に激しい変動や、ときに崩壊までを引き起こす可能性を指す。システミック・リスクが発生する要因は数多くあり、経済のファンダメンタルズの大きな変動や、大型金融機関の倒産、投資家や消費者の心理変化や外部のシステミック・リスクからの波及などがある。現代の金融システムはますます複雑化し、システミック・リスクは金融安定の重大な脅威となっている。したがって、サブプライム問題後の世界の主な国と地域が実施している金融監督改革では、自然とシステミック・リスクの監督管理に重点を置くようになっている。

米国はシステミック・リスクの監督管理を強化する重要性を十分に認識しており、全ての「システム上重要な金融機関」に対して、高い自己資本比率を維持させ、ハイリスク投資や高レバレッジ投資等の制限を強化している。英国ではシステム上重要な大型金融機関や金融市場に対して、金融リスク抑制のため、コーポレートガバナンス・システムを改善することで市場の透明性を高め、インセンティブ措置を講じるなど市場の規律や制約を強化している。ヨーロッパでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)を設立し、マクロ経済や金融システム全体の発展過程において金融の安定を脅かすリスクの監視や評価を担っている。

これに対し中国では、中国共産党第19回全国代表大会で、システミック・リスクを発生させない最低ラインを守ることは、現代中国の金融市場の発展と監督管理改革に対して提出された最重要の任務であり、要求であり、目標である、としている。金融リスク発生の防止は全面的な小康社会建設のための「三大難関攻略戦」(訳者注:三大難関とは、金融リスク防止、貧困脱却、汚染対策)の筆頭でもある。システミック・リスクを防止することは中国特有の問題ではなく、突然現れた問題でもない。この10年、世界でつきまとってきた普遍的な問題である。

システミック・リスクを抑制するには新たな組織が必要である。各国・地域の金融システムには、多くの金融監督機関が存在している。例えば、米国には米国証券取引委員会(SEC)、米国商品先物取引委員会(CFTC)、米連邦住宅金融局(FHFA)、その他銀行監督機関などの監督当局が存在し、金融の安定機能を担う米連邦準備制度理事会(FRB)がある。英国はサブプライム問題発生前に相対的に統一された監督管理を実現しており、金融市場の監督機能を担う金融サービス機構(FSA)、金融システムの安定を担う財務省やイングランド銀行といった金融監督機関の間の役割分担が存在していた。EUの問題はさらに複雑であり、EU側には欧州中央銀行と3つの金融監督機関があるだけでなく、数多くの加盟国の金融監督当局が存在している。多くの監督機関が存在するということは、各機関の間の職責や権限が明確でなく、規制のアービトラージが起こり、そこから監督管理基準が低下してしまう。ただ、多くの監督機関が存在することにはいくらか優位な部分もあることを否定できない。例えば、インセンティブ・メカニズムが形成され、競争を促し、有効な監督管理を市場に提供することができる。

世界的に見ると、監督機関が多く存在することは各国の金融監督体制の選択であり、監督機関の間で協調していく必要性が長期的に続いていくことを意味している。このため、各国の改革では各国間の協調を強化すること、実体化・制度化された協調的な金融監督機関を設立することを要求している。世界的には、G20財務大臣中央銀行総裁会合で金融安定化フォーラム(FSF)を金融安定理事会(FSB)として再構成し、世界の金融監督機関の協調を統括する新たな部門とした。

米国では金融安定監督評議会(FSOC)を設立して、監督基準を統一し、監督機関の意見の相違や対立を調整し、システミック・リスクを識別して具体的に監督機関に対してリスクの提示を行っている。中国では、2013年に国務院が金融監督協調の部局間合同会議制度を承認したことはマクロ・プルーデンス体制を整備する第一歩であり、2017年の国務院金融安定発展委員会の正式な設立もこの改革の流れに沿ったものと言える。同時に、中国の行政機関部門の改革が進められても、「一行両会」(訳者注:中国人民銀行、中国銀行保険監督管理委員会、中国証券監督管理委員会を指す)体制は相対的に独立した立場を長期間維持していくだろう。

システミック・リスクを抑制するには、中央銀行がより多くの責任を負う必要がある。サブプライム危機をきっかけに金融システムが崩壊し、世界経済に重い打撃を与えたことは、金融と経済システムが正常に機能していくために金融の安定が重要であることを、悪い面から再度実証したことになる。「ドッド・フランク法」の提言のもと、FRBは、さらに多くの金融監督機能を付与された。その範囲は銀行、証券、保険、ヘッジファンド等、その他「システム上重要な金融機関」まで含まれる。FRBはSECに代わって投資銀行の持株会社に対する監督管理を実施し、緊急融資の権利を修正して危機対応能力を強化する。改革に共通する特徴は、通貨当局の金融安定機能を強化することである。

このような背景の下で、金融の安定を維持することは、中央銀行にとって金融政策の実施と同等の重要性を持つ職責となり、その対応すべき範囲と分野は顕著に拡大し、銀行系金融機関に限らず、全ての「システム上重要な金融機関」をカバーするようになった。

2018年初めに、中国銀行業監督管理委員会と中国保険監督管理委員会が統合され、中国監督管理体制を調整する実際の作業が開始されたことで、マクロ・プルーデンス管理機能がさらに明確になった。新たな改革プランでは、中国銀行業監督管理委員会と中国保険監督管理委員会が持っていた監督管理の基本制度を制定する権限を中国人民銀行に組み入れて、中国人民銀行に金融政策機能とマクロ・プルーデンス機能を集中させた。その「金融政策とマクロ・プルーデンス政策の二本の柱をコントロールする枠組み」もこの改革を通して次第に鮮明となってくるだろう。今後、中国人民銀行は金融政策機能を担当する他にも、マクロ・プルーデンス管理、システム上重要な機関、金融の基礎的環境の建設、基礎的法規制システム、統計分析、予測・警報などさらに多くの作業を担っていく。

システミック・リスクの抑制には、金融消費者保護を強調しなければならない。サブプライム問題で露見した重要な問題の一つに、現代の金融商品が複雑化したため、その特徴を理解し、そこに含まれる金融リスクを正確に評価することが難しくなったことがある。そのため、慎重な判断に基づいて取引をすることができず、最悪の場合、不公正取引に陥ることがある。これに対し、米国は独立した消費者金融保護局(CFPB)を設立し、英国は新たに金融行為規制機構(FCA)を設立した。いずれも具体的に消費者利益の保護を担っている。中国は2012年から、「一行三会」(訳者注:中国人民銀行、中国銀行業監督管理委員会、中国保険監督管理委員会、中国証券監督管理委員会の総称)がそれぞれの金融消費者(一般投資家)保護局を作り、一般投資家の権益保護を金融監督管理または金融業発展の重要目標の一つとした。2015年12月末に発表された「金融包摂の発展計画(2016-2020年)」でも一般投資家保護の法律体系をさらに整備していくことを明確に示している。

システミック・リスクの抑制にはデータや情報によるサポートが必要である。金融監督当局にとって、その活動の展開と効果は、把握している金融情報に委ねられている。金融危機の発生と連鎖は、金融監督当局が十分に関連情報を把握できず、タイムリーな対応ができないことと密接な関係がある。そこで、各国の監督管理改革では金融情報の収集と処理に重点が置かれている。具体的には、次の何点かが挙げられる。まず、監督当局がリスクの状況を把握するため、各種金融機関、とりわけ新たに監督対象となった金融機関と「システム上重要な金融機関」に対して、タイムリーに情報を報告させる。次に、金融取引の過程での情報開示要求を強化する。最後に、監督当局間の情報共有を実現することである。2011年から中国人民銀行は社会融資総量という概念を取り入れ、統計と見積もりを行い、定期的に発表している。長年のデータの蓄積により、社会融資総量はマクロ経済コントロールにおける重要な参考データとなっている。2018年3月16日、中国銀行業監督管理委員会は「銀行業系金融機関のデータ管理の手引き(意見募集案)」を発表し、銀行業系金融機関のデータ管理を強化し、そのデータ管理の状況とコーポレート・ガバナンス評価を監督管理評定と関連付けるよう指導している。4月9日に国務院弁公庁は「金融業の総合統計の全面推進に関する意見」を発表し、安全かつ先進的で整備された国家金融データベースの構築と金融データの管理手段を強化することを提起している。

(2018年8月発表)

※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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